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第二冊 絵本
観桜祭(1)
しおりを挟む今日から観桜祭だ。
観桜祭の三日間は夜八時まで城門が解放されている。いつもなら、五時には閉まるからね。
この三日間は、桜見物に来る来城者がグンと増える。ましてや、三年を費やしたお城の補修工事も済んだから、去年以上、ううん、もっと増えるんじゃないかな。最高来城者数を越えるかもって噂もあるからね。
正直この時期、店を一歩出ると騒がしいんけど、店内は至っていつも通り平和だ。
つまり、お客がいないってこと。一人もね。朝から誰も来ないって……。
(仕方ないって言えば、仕方ないんだけどさ……)
まぁ、こんな日に、本を買いにわざわざこんな分かりにくい場所にある、看板も出ていない怪しい本屋に来る客なんて、まずいないよね。
っていうか、ここが本屋って知ってる人少ないんじゃないかな。言ってて悲しくなるけど。ここで本屋を営んでる人間が言う台詞じゃないよね。でも、それが現実だし。
まぁ、取引先の一つが地獄で、付喪神様も普通に店内闊歩してるし、いつも触ってないのに物が勝手に動いてるし、目立たない方がいいんだけどね。
だから敢えて、看板を出してないんだよ。間違って来られたら大変だもん。
それに、駅ナカのビルに大手メーカーの本屋が入ってるんだよ。普通、そっちで買うでしょ。マイナーな本も多数取り扱ってるしね。
なのに、物好きな客が一人来た。
(客なのかな? 一応、姿形は人間のようだけど)
本体は違うよね。っていうか、知ってるし。今日非番?
「いらっしゃい。白さん」
春さんの件以来、白さんはしばしば神楽書店に遊びに来るようになった。仕事以外で。この日も、人間バージョンでやって来たみたいだ。
(花見にでも来たのかな?)
「ああ」
「今日は非番ですか?」
「そうだ。……紺!? 戻って来てたのか!?」
本棚からひょっこり顔を出した紺を見て、白さんは軽く目を見開き驚く。
(そうだよね。驚くよね)
やっぱり、白さんは紺のことを知っていたみたい。
紺も白さんのことを覚えてたようで、ニコッと可愛く笑いながら頷く。直ぐに、白さんは紺の異変に気付いた。
「……喋れないのか?」
白さんの問い掛けに、紺は辛そうな表情でコクリと小さく頷く。
「本体に異常はないから、たぶん……」
私に視線を向けた白さんに、私はわざと言葉を濁した。その意図を正確に読み取った白さんは、「そうか……」と呟くと、大きな手で、紺の頭をクシャクシャとやや乱暴に撫でまわした。
白さんなりの慰め方のようだ。
紺は嫌々そうに腕を振ってるが、内心はとても嬉しそう。顔が破顔してるからね。
少し離れて見ていた蒼と陸が参戦してきた。猫のように白さんにしがみ付く。紺も負けじと白さんにしがみ付く。白さんしか出来ない接し方だね。微笑ましいけどさ……。
(にしても、意外だよね。白さんって、子供好きなんだ)
白さんの意外な一面を知ったよ。でもさぁ、これ以上はさすがに……。
「白さん。そろそろ止めて。目が覚めて間もないから。ほら、三人とも白さんから離れて」
「え~~」と言いながらも、渋々、三人とも白さんから離れる。
そう……私が目を覚まさない紺に一方的に話し掛けた次の日、やっと紺は目を覚ましてくれた。
目を覚ましてくれて、とても嬉しかったし、人形にも変化出来てよかったけど。その代わりっていっていのかな、紺は言葉を失っていた。
でも、私たちが何を話しているのかはちゃんと理解しているようだし、取り合えずひと安心かな。
考えられる喋れない主な理由は二つ。
修復師の翁曰く、安定する間際にここを出て行ったせいで、少し退化してしまったせい。
それと、大好きな高藤さんと別れたせいで精神負荷が強く掛かったせい。
あくまで推測だけどね。前例が殆どないらしいから、はっきり断言出来ないんだって。
だけど、本体に異常がないことは検査済み。
いずれ、絶対言葉を取り戻すことが出来るって、私は強く信じてる。早くその声を聞きたいな。
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