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第二冊 絵本
小さな手
しおりを挟む皆が寝静まった深夜、私は一人紺に会いに行った。
絵本を胸に抱いたまま、冷たい床の上に座る。春になったとはいえ、深夜はとても肌寒い。持って来ていた膝掛けで暖を取りながら、私は絵本を優しく撫でた。
「……紺、ごめんね。本当は一人で居たいのに、私は紺を一人にさせたくないの」
何故か、一人にしたらいけないって思った。
私の勝手な思いかもしれない。でも、そうおもったんだよ。だからこっそり会いに来た。
『…………』
眠り続けている紺が返事を返してくれるなんて期待してない。聞いてないかもしれない。それでもよかった。私は勝手に話し掛ける。
「怒ってるよね。私に……そして、高藤さんにも。でも、一番許せないのは自分自身じゃないかな。……紺は一緒に居たかったんだよね。最後まで。……紺が目を覚まさないのも、人形にならないのも、怒ってるからだって、私は思ってる。もし間違ってたら、ごめんね」
私は絵本の表紙を、紺を撫で続ける。
『…………』
「私がそうだったから……紺もそうかなって思ったんだ。私も紺と同じ。すっごく大切な人に連れられて来たの、ここにね。ここなら、普通じゃない私でも暮らしていけるからね。安心出来るから預けられたの。誰も私を傷付けないからね。三年前かな。……連れて来たのは父なんだけど。父は私を愛してくれた。心から愛してくれた。愛していたから離れて行った。私を置いて行ったの。置いて行かないでって、最後まで一緒に居たいって、もう手を放さないからって、本当は叫びたかった。でも……顔を見たら何も言えなかったの。言えない自分に、身勝手な父に、私はすごく腹が立った。今もね……」
話してて、今でも胸が痛くなる。目頭が熱くなる。
(ここで泣けたら、楽なのに……)
そう思うのに、おかしなことに泣けない。涙が出てこない。
いつから、泣けなくなったんだろう……。たぶん……父に会いに行ったあの日からだ。
会えなかったけど、チラリとカーテンの隙間から室内が垣間見えた。
一瞬だけ見えた父の姿。
たった一瞬だけど、しっかりと記憶に刻み込まれた父の最後の姿が甦る。
一か月も経っていないのに、痩せこけ、頬もこけて、昔の面影が全くなくなっていた。
それでも父は、苦しそうだけど、目元に手を当て泣きながら笑ってたんだよ……。泣きながらね……。
その時の情景が頭を過る。
(……駄目……これ以上は無理)
私は記憶に蓋をするように、強く目を瞑った。
『…………』
「長々と話してごめんね。紺、聞いてくれてありがとうね」
そう言うと、私は元の場所に絵本を戻し部屋を出た。
冷えきった体を温めるために、そして一人になりたくて、私は風呂場に向かった。湯槽に浸かり体は温もったけど、心は簡単には温もらない。
一度冷えきった心を父が温めてくれた。でも、父を失って、私の心の芯はまだ冷えたままだ。
温かい場所。気の良い仲間。気になる人(?)もいる。かなり恵まれた環境だって、自分自身よく分かってる。
父を裏切ったあの頃なら、半ば諦めていた温かさ。
その温かさは、今常に私の側にある。
あるのに……芯は冷えたまま。
ふと、思う。
そんな自分だからこそ、この仕事を続けられてるのかもしれないと。人の感情に感化されない、流されない、冷めた自分だから……。
(いつまでも浸かってると、体に毒よね)
風呂から上がると、そのまま蒼と陸が眠ってるベッドに滑り込んだ。
色々考え過ぎて眠れないかもと心配してたけど、横になると、直ぐに睡魔が襲ってきた。
完全に眠りに落ちようとした時だった。
(……あれ? 誰かが、私の頭を撫でてる)
ふと感じる、温かみ。
誰が撫でているのか確かめようとしたが、瞼が重過ぎて少しも開かない。
でもね……とても気持ち良かったんだよ。気持ちよくて、自然と笑みが浮かぶぐらいに。
睡魔に勝てなくて確かめられなかったけど、感触で小さい手だと分かった。
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