護国神社の隣にある本屋はあやかし書店

井藤 美樹

文字の大きさ
上 下
24 / 68
第二冊 絵本

放した手

しおりを挟む

(……意外に、付喪神様って重たいんだね)

 本体は草履なのに。少し吃驚びっくりだよ。

 でも、この重さが思いの外心地いいんだよね。何か生きてるって感じがしてね。

 紺が寝ている部屋の前で熟睡している蒼を抱き上げ運ぶ。陸は矢那さんが抱えている。取り合えず、私のベッドまで運ぶと寝かし付けた。

 ほんと可愛い。でも……ふと、蒼と陸の寝顔を見ていると思い出してしまう。

 自分もよくあの人、父に抱っこされて運ばれてたことを。

 父は売れてない作家だった。

 仕事をするのは主に夜。私が寝てからだ。

 折角寝かし付けたのに、寂しくて、夜中に起きるとよく部屋を抜け出した。仕事の邪魔はしたくなくて、でも、少しでも一緒にいたくて、結局、部屋で寝ずに仕事部屋のドアに凭れて眠ってしまった。今の蒼と陸のようにね。

 そんな私を呆れながらも、父は大きな手で抱き締め抱えてくれた。私はその温かな手が大好きだった。とても幸せだった。

 その大事な温かな手を、私は一度手放した。自分からね……。

 売れない作家に幼い子供。

 子供ながらに、父の負担になってるって分かってた。

 血の繋がった子供ならまだしも、血の繋がらない子供を、それも自分を裏切って勝手に出て行った女の子供を育てる必要なんて、どこにもないでしょ。いくら、あの女母親を愛してるからって言ってもね。

 私が可哀想だからって……。

 それでも、父は私の手を握り護ってくれた。父にも父自身の人生が、未来があるのにね。

 すごく馬鹿でとても優しい、日溜まりのような人だった。

 手を放した時の、父の顔を今でも思い出す。

 最低最悪な裏切り方をした。

 大切な人の手を振り切って、自分を裏切り捨てたあの女の手を握ったんだから……。

 その時の、父の顔は今でも脳裏に焼き付いて離れない。

 そして、神楽さんに私を預けて去って行った後ろ姿も……。

(駄目だね。感傷的になってきた)

 高藤さんが来てから、父のことを何かと思い出すようになった。

 その度に感傷的になってしまう。あまり感傷的になることは良しとしないのにね。

 たぶんそれは……私の中で、父のことを消化出来ていないからだ。でも今から、どう消化していいのか分からない。方法すらも分からない。

 唯一の機会は父自身に拒否られた。

 苦笑しか出ない私の耳に、心配そうに紺の名前を呼ぶ蒼と陸の声が聞こえてきた。

(寝言? ほんとに、紺のことが大事なんだね)

 微笑ましいな。胸の奥が温かくなるよ。にしても、こうして寝ている姿は、人間の子供と全く変わらないね。

 無防備に、安心して寝ている顔を見ていると、私でも母性本能が刺激される。まだ若いから、結婚なんてまだまだ遠い先の話だけど、いつかは私も、こんな風に子供の世話をする日が来るのかもしれない。

 その相手はやっぱり人間なのかな。それとも、あやかしかな。どっちにせよ、今は全然想像出来ないけどね。

 矢那さんと一緒に蒼と陸の寝顔を見詰めていると、矢那さんが小さな声で呟く。

「……この子たち、紺が目覚めるまで、ずっと付き添うつもりなのかしら?」

 声のトーンがいつもと比べて低い。表情も心配で曇っている。

 そう……今日で五日。

 蒼と陸をベッドに運ぶのは。

 高藤さんが絵本を返しに来たのが五日前。その夜からだ。

 神楽さんに本の取り扱い方を注意されていたのだろう。神楽さん自身、何度も様子を見に行ってたようだし。

 そのおかげで、返却された絵本の状態はすこぶる良かった。

 少し紙が弱ってた箇所があったから、そこを補強しただけで済んだ。もう少し酷かったら、修復師の翁の所に持って行ったんだけど。これくらいなら私でも出来る。

 掛かった時間は小一時間くらい。

 損傷がないから、直ぐに人間に変化出来る筈なのに、紺は絵本のままだ。話し掛けても返事はない。私以外の付喪神様が話し掛けても同じだった。

(もしかして、私が気付いてないだけで、深い損傷を受けてるかもしれない)

 そう考えた私は、翁の所に紺を連れて行った。

 結果は……翁でさえ治せないものだった。

 私でも無理。

 だって……翁も私も治せるのは、外科的処置だけだから。私に関しては、出来ること自体限られてる。

(心まで治せない。ほんと、情けないよね……)

 紺は頑なに拒否している。

 起きることをーー。

 それは、紺なりの意思表示なんだと思う。

 その気持ちは私でも理解出来る。嘗ての私もそうだったから……。

 だからせめて、昼間は紺を一階に。陽が暮れたら二階に運んだ。もしものことがあったら大変だから、寝ている付喪神様の所に置いた。少しでも、寂しくないようにね。紺にしたら、もっと静かな場所に置いてもらいたかったかもしれないけど。

 結界が張られたその部屋に立ち入ることが出来るのは、私と同居人さんだけだ。

 蒼も陸も中に入ることは出来ない。なので、せめて付き添うように、蒼と陸は部屋の扉の前で休む。

 一度放れた手を、もう一度握ろうと頑張っている蒼と陸を止めることは、私にも誰にも出来なかった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

貸本屋七本三八の譚めぐり

茶柱まちこ
キャラ文芸
【書籍化しました】 【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞受賞】 舞台は東端の大国・大陽本帝国(おおひのもとていこく)。 産業、医療、文化の発展により『本』の進化が叫ばれ、『術本』が急激に発展していく一方で、 人の想い、思想、経験、空想を核とした『譚本』は人々の手から離れつつあった、激動の大昌時代。 『譚本』専門の貸本屋・七本屋を営む、無類の本好き店主・七本三八(ななもとみや)が、本に見いられた人々の『譚』を読み解いていく、幻想ミステリー。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!

葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!! 京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。 うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。 夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。 「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」 四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。 京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!

処理中です...