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第二冊 絵本
囚われたのは
しおりを挟む少し話が逸れたけど、付喪神様に神化したては、生まれたての赤ちゃんのようなものなんだよね。
生まれたての仔馬が、脚をプルプルさせながら懸命に立とうとするように、変化したての付喪神様は人形になるのも一苦労らしい。
当然、喋るようになるのも、相当な時間が掛かる。
ましてや、上手くいったと思って安心してたら、何かの拍子で本来の姿に戻ってしまう。紺の場合は絵本かな。落ち着くまではそれの繰り返し。
すごく不安定な状態だよね。この時が一番危ないんだよ。下手したら、バケモノとして人間に狩られてしまうかもしれないし。本体を壊される確率も格段と高くなるからね。神格化したから強度が上がったと言っても、実際はまだまだだし。
死神の白さんや他のあやかしに比べ、殆どの付喪神様は戦闘能力はほぼ皆無に等しい。うん、全くないね。
それこそ、やっと付喪神になったのに、最悪次の瞬間には、ボロボロに壊れて廃棄されることもある。主に人間がね。悲しくて腹が立つけど、それが現実なんだよ……。
付喪神様によって、安定するまでの長さは様々だけど、人の想いによって神化した付喪神様は安定するのに、最低十年は掛かると神楽さんに聞いたことがある。
矢那さんと朱里様は数年で安定したって聞いた。
それに比べて、蒼と陸は十年掛かったんだって。やっぱりその差は、観賞用かそうでなかったものなのかな。本体の痛み具合によって差があるみたい。
だから、付喪神に神化して十年そこそこの紺が、安全な場所を離れることもおかしいし、そのことを認めた神楽さんの考えも理解出来なかった。信じられなかった。
私の疑問も尤もだよね。だって、一番に考えるのは紺の安全だよ。
『ふむ。それはな、元々、高藤の屋敷で紺が付喪神に神化したからじゃ。神化したての頃、よく高藤と遊んでいたらしい。たが、裕も知っている通り、神化したての付喪神は危ないし弱い。偶々、そういったモノに造詣が深かった者が側にいたから、幸いにも壊されることはなかったがな。しかし、いつまでも放置し続けるのは危険だ。学童期の子供に悪影響を与えるかもしれん。という訳でな、神楽が迎えに行ったのだ。それから、十年間はここで過ごしておった』
疑問に答えてくれたのは朱里様だった。
(私でもそうするよ)
『だけど、ある日。こんな桜の季節だったわ。ひょっこり、あの男が現れたの。一目見て、紺が自分と一緒に遊んだ少年だと気付いたのよ。……見えてたのね。元々、そういう才能があったみたい。まぁそれからは、猛アタックよ。しつこいったらなかったわ。始めは、神楽殿も事情を話して諦めてもらうように説得してたけど、全然あの男は引かなかった。連れ出すような、馬鹿な真似はしなかったけど、連日のように通って来て、ほんと、そのしつこさには参ったわ。……でもね、紺も満更ではなかったの』
(紺も高藤さんのことが好きだったんだね)
『当然といえば、当然かもしれん。初めて人形に神化した紺が最初に見たのが、高藤だったからな……』
「それって、雛の刷り込みのようなもの?」
『うむ。それに近いな』
当時を思い出したのか、朱里様と矢那さんは深々と溜め息を吐く。
(なるほどね。それは引き離し辛いわ)
苦笑が漏れる。
特に紺は人の想いによって神格化した付喪神だ。何よりも人が大好きな筈。ましてや、最初に見たのが子供の高藤さんなら、当然特別な存在になるよね。
『『反対したんだけど、紺が一緒に行きたいって駄々をこねたから……』』
今度は、寂しそうに蒼と陸が呟く。
蒼も陸も、紺の想いは手に取るように分かってた筈。だけど、紺が大事だから反対した。
辛かったね……。慰めるように、蒼と陸を自分の方に引き寄せた。
(紺は、ずっと……高藤さんに会いたかったのかもしれない)
抱き締めながら思う。
本来絵本は子供が読む物だ。今は大人向けの絵本もあるけどね。
そして神格化して、自我を持ち、最初に会ったのも、子供。
もしかして囚われたのは、高藤さんじゃなく紺の方だったのかもしれない。
それに気付いたからこそ、神楽さんは高藤さんに紺を託したんじゃないのかな? 確信はないけど、そう思えて仕方がなかった。
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