護国神社の隣にある本屋はあやかし書店

井藤 美樹

文字の大きさ
上 下
23 / 68
第二冊 絵本

囚われたのは

しおりを挟む

 少し話が逸れたけど、付喪神様に神化したては、生まれたての赤ちゃんのようなものなんだよね。

 生まれたての仔馬が、脚をプルプルさせながら懸命に立とうとするように、変化したての付喪神様は人形ひとがたになるのも一苦労らしい。

 当然、喋るようになるのも、相当な時間が掛かる。

 ましてや、上手くいったと思って安心してたら、何かの拍子で本来の姿に戻ってしまう。紺の場合は絵本かな。落ち着くまではそれの繰り返し。

 すごく不安定な状態だよね。この時が一番危ないんだよ。下手したら、バケモノとして人間に狩られてしまうかもしれないし。本体を壊される確率も格段と高くなるからね。神格化したから強度が上がったと言っても、実際はまだまだだし。

 死神の白さんや他のあやかしに比べ、殆どの付喪神様は戦闘能力はほぼ皆無に等しい。うん、全くないね。

 それこそ、やっと付喪神になったのに、最悪次の瞬間には、ボロボロに壊れて廃棄されることもある。主に人間がね。悲しくて腹が立つけど、それが現実なんだよ……。

 付喪神様によって、安定するまでの長さは様々だけど、人の想いによって神化した付喪神様は安定するのに、最低十年は掛かると神楽さんに聞いたことがある。

 矢那さんと朱里様は数年で安定したって聞いた。

 それに比べて、蒼と陸は十年掛かったんだって。やっぱりその差は、観賞用かそうでなかったものなのかな。本体の痛み具合によって差があるみたい。

 だから、付喪神に神化して十年そこそこの紺が、安全な場所神楽書店を離れることもおかしいし、そのことを認めた神楽さんの考えも理解出来なかった。信じられなかった。

 私の疑問ももっともだよね。だって、一番に考えるのは紺の安全だよ。

『ふむ。それはな、元々、高藤の屋敷で紺が付喪神に神化したからじゃ。神化したての頃、よく高藤と遊んでいたらしい。たが、裕も知っている通り、神化したての付喪神は危ないし弱い。偶々、そういったモノに造詣が深かった者が側にいたから、幸いにも壊されることはなかったがな。しかし、いつまでも放置し続けるのは危険だ。学童期の子供に悪影響を与えるかもしれん。という訳でな、神楽が迎えに行ったのだ。それから、十年間はここで過ごしておった』

 疑問に答えてくれたのは朱里様だった。

(私でもそうするよ)

『だけど、ある日。こんな桜の季節だったわ。ひょっこり、あの男が現れたの。一目見て、紺が自分と一緒に遊んだ少年だと気付いたのよ。……見えてたのね。元々、そういう才能があったみたい。まぁそれからは、猛アタックよ。しつこいったらなかったわ。始めは、神楽殿も事情を話して諦めてもらうように説得してたけど、全然あの男は引かなかった。連れ出すような、馬鹿な真似はしなかったけど、連日のように通って来て、ほんと、そのしつこさには参ったわ。……でもね、紺も満更ではなかったの』

(紺も高藤さんのことが好きだったんだね)

『当然といえば、当然かもしれん。初めて人形ひとがたに神化した紺が最初に見たのが、高藤だったからな……』

「それって、雛の刷り込みのようなもの?」

『うむ。それに近いな』

 当時を思い出したのか、朱里様と矢那さんは深々と溜め息を吐く。

(なるほどね。それは引き離し辛いわ)

 苦笑が漏れる。

 特に紺は人の想いによって神格化した付喪神だ。何よりも人が大好きな筈。ましてや、最初に見たのが子供の高藤さんなら、当然特別な存在になるよね。

『『反対したんだけど、紺が一緒に行きたいって駄々をこねたから……』』

 今度は、寂しそうに蒼と陸が呟く。

 蒼も陸も、紺の想いは手に取るように分かってた筈。だけど、紺が大事だから反対した。

 辛かったね……。慰めるように、蒼と陸を自分の方に引き寄せた。

(紺は、ずっと……高藤さんに会いたかったのかもしれない)

 抱き締めながら思う。

 本来絵本は子供が読む物だ。今は大人向けの絵本もあるけどね。

 そして神格化して、自我を持ち、最初に会ったのも、子供。

 もしかして囚われたのは、高藤さんじゃなく紺の方だったのかもしれない。

 それに気付いたからこそ、神楽さんは高藤さんに紺を託したんじゃないのかな? 確信はないけど、そう思えて仕方がなかった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

貸本屋七本三八の譚めぐり

茶柱まちこ
キャラ文芸
【書籍化しました】 【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞受賞】 舞台は東端の大国・大陽本帝国(おおひのもとていこく)。 産業、医療、文化の発展により『本』の進化が叫ばれ、『術本』が急激に発展していく一方で、 人の想い、思想、経験、空想を核とした『譚本』は人々の手から離れつつあった、激動の大昌時代。 『譚本』専門の貸本屋・七本屋を営む、無類の本好き店主・七本三八(ななもとみや)が、本に見いられた人々の『譚』を読み解いていく、幻想ミステリー。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!

葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!! 京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。 うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。 夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。 「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」 四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。 京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!

処理中です...