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第二冊 絵本
付喪神
しおりを挟む「蒼と陸は、紺と仲良かったの?」
彼が置いてくれたんだろう。さりげなく、脇に白い手袋が置かれてあった。
いつも本を診る時は、必ず手袋をしているからだ。人間の手汗や脂は汚れになるからね。ちょっとした汚れも指紋も大敵。
用意された手袋をはめながら、蒼と陸に尋ねる。
『『うん。よく一緒に遊んでた。……だから、あいつ嫌い』』
(あいつ? 高藤さんのことか……)
『『そう。あいつ、紺を連れてった。でも、紺のことを大事にしてくれた。そこは褒める』』
蒼と陸は微妙な、何とも言えない表情をしている。
『紺は我々の中で、一番若かったのだ。赤ん坊ぐらいにの』
『そうね。……神楽殿の所にやって来たのが、付喪神になって一年足らず。ここですごしたのも、十年ぐらい。突然、あの男がやって来て、連れて行ってしまったわ』
朱里様も矢那さんも心配してたみたい。蒼と陸と一緒に帰って来た家族を覗き込んでいる。にしても、
(付喪神になって十年って……)
「よく、神楽さんが許したよね!? まだ安定もしてないのに」
かなりの冒険だ。朱里様と矢那さんが話した内容に心底驚いた。まさか、神楽さんがそんな冒険をするなんて。
だって、付喪神様は本来、人の手によって作られた物が長い年月の果て、新たな命を得て神化したモノだ。
櫛から神化した矢那さん。桐箱から神化した朱里様が、この例に当てはまるかな。
でも中には、人が日常的に使う物、例えば、昔なら草履や本などは損傷が激しくて普通なら、付喪神様に神化することはまずない。
何故なら、本体に損傷があれば神化出来ないからだ。
つまり、物としての一生を終える。
だけど、現実は違う。
実際、蒼と陸は草履から神化した付喪神様だし。そして、皆が紺と呼ぶ付喪神様の正体は、目の前にある絵本だ。
本屋を仮にも営んでいて、絵本の事をあまり詳しくないのはちょっと恥ずかしいけど、紺を生み出した作家は殆ど無名だった。興味があって少し調べてみた。作家が残したのはこの絵本だけ。それ以外の作品を遺したのかは不明だけど、発行されたのはこの一冊だけだった。
絵本も草履も、飾られたり、観賞用の物じゃない。
大事にはされるかもしれないが、擦り切れるものだ。傷んでこそ、幸せな部分もある。
なのに、何で蒼と陸、紺は付喪神になれたのか。
それは、偏に人の想いからだ。
物を大事にする想い。感謝の気持ち。その草履を履いて出掛けた時の楽しさ。そういった温かい想いが蓄積されて、物として命を終えようとしていたものに、新たな命を与えた。
そうして、蒼や陸、紺は生まれた。
春さんの場合とは明らかに違う。
あの桜のこよりは、春さん自身が作ったものだ。
それも、負の感情を込めてね。
寂しい、会いたいと願いながら。
一途な恋心。
それが悪いとは思わない。だけど、春さんは死後も、あの世には逝かずにこよりの中で生き続けた。それは間違いなく罪だ。
生き続けたことで、確かにこよりは命を持ったが、付喪神様とは本質が全く違う。一見、似ているようだけどね。
付喪神様が〈聖〉なら、桜のこよりは〈邪〉だった。
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