護国神社の隣にある本屋はあやかし書店

井藤 美樹

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閑話

ある本屋の一日

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【凶暴な上司の付き合い方】

【横暴な上司の対処法】

【サバイバルを生き抜く】

【ミスを回避する方法とおかした時の対処法】

 このたぐいのビジネス本が本棚一面、それも一番目立つ場所に陳列されている。明らかに、ビジネス本じゃない本も一緒に陳列されてるけどね。

 通常、メインにくる筈の小説や文芸本がこの場所にくる筈なのに、ここでは隅に追いやられている。

 代わりにメインを占めてるのは、ビジネス本と自己啓発本。

 後は、特殊な本だ。世界の歴史、特に拷問に関しての歴史書とかが多いかな。偏り過ぎて恐ろしいよね。

 なのにその反面、何故か意外にファンション誌の売れ行きがいいんだよね。ほんと訳分からん。なので、メインであるビジネス本の隣に置いている。本当は置きたくないんだけどね。お客様のたっての希望だから仕方ない。にしても、

(所変わればだけどさ……) 

「……いつ見ても、このラインアップって」

 もう、苦笑いしか出ない。

 しかも、売れてるときた。

(この前、納品したばかりなんだけど……)

 特に【凶暴】と【横暴】シリーズが完売している。地味に、【サバイバル】関連の本が売れているのが怖い。心底怖い。

 正直言えば、どれも一生涯に一度手に取るか、取らないかの類いの本だ。まず私は絶対に買わない。

 それが、ここではベストセラーだ。それもロングラン。

 だからかな、私は常々思う。この職場は、

「ブラックなんじゃ『失礼ね。うちは、ホワイトよ。ちゃんと週休二日だし、福利厚生もきちんとしてる。有給だってあるわ』」

 独り言をばっちり聞かれていた。それも、とんでもない人に。絶対聞かれたらいけない人にだ。恐る恐る、後ろを振り返る。

 やっぱり、いらっしゃいました!!

『…………こんにちは。補佐官様』

 引き吊りながらも挨拶は忘れない。

「こんにちは。神谷祐樹さん」

 フルネームで呼ばれたよ。

 にっこり微笑んで立っているだけなのに、その威圧感に冷や汗が噴き出す。冷や汗がタラタラと頬を伝う。

 うん。これって、蛇に睨まれたカエル状態だね。あ~~これ以上近付かないで下さい。

『いい、神谷さん。うちはホワイトだからね』

 満面な笑みを浮かべ、補佐官様は繰り返す。

 何度も繰り返すのって、却って真実味が……。そんな恐ろしいこと、口が割けても言えません。まだ死にたくありません。私は何度も何度もコクコクと頷いた。途端に、金縛りが解ける。

『分かってくれて嬉しいわ』

(分かりました!!)

 全てが分かりました。

 何で、【凶暴】と【横暴】シリーズが完売しているのか。【サバイバル】関連が売れてるのかが。

(私もここで働いてたら必ず買う!!)

 自分の身を護るために。薄々、誰が対象なのか分かってたけど、想像通りでした。

『あの……補佐官様がどうしてここに?』

 今私がいるのは、地獄だ。

 何故、居るのかって?

 地獄の本屋に現世の本を定期的に納品しているから。今日はその納品日。納品した本を陳列し終えたばかりだった。

 地獄は亡者を裁くところ。

 時代背景を知らなければ、人を裁くことは出来ない。

 始めは、人間界に研修に行ってたらしいけど、そう頻繁に行けないからね。

 だからそれを補うツールとして、本や雑誌が選ばれた。

 でも今は、人間を知ることよりも、主に自分のために買ってる人が多いけどね。

『神谷さんに会いに来たのよ。この前は、うちの馬鹿が迷惑掛けてごめんなさいね』

 例の椿野彰の件だ。

 こんな喋り方をしてるが、補佐官様は女性じゃない。れっきとした男の人だ。中性的だけどね。とんでもなく綺麗な人だけど、鬼神様だ。中身は超鬼畜だけど。

 もし、中性的な容姿について軽口を叩こうものなら……言葉に出来ない程の災厄が待っている。それ程、ぶっ飛んだ人だ。人じゃなく、鬼神様だけど。

「いえいえ。私は何も」

『料金は少し色を付けておいたわ』

「それはありがとうございます」

『逃がした馬鹿は、きちんとお仕置きしといたから』

「お仕置きですか……?」

『知りたい?』

「いえ、知らなくていいです!!」

 速攻、拒否する。

 一度見たら、絶対トラウマになる。なんせ、ここは地獄。拷問が当たり前の地獄。拷問が当たり前の地獄。分かってるのに、わざわざ自分から見に行く訳ないでしょ。

『……そう、残念』

 心底、残念そうに補佐官様は言う。

(そんなに見せたかったんですか!?)

 正直、怖すぎます。

「あっ、そうだ。補佐官様、閻魔様は今休憩中ですか?」

『ええ。もうすぐ終わるけど。どうしたの?』

「実は頼まれてた本があったので、お届けしようと」

『私が渡しとくわよ』

「いえ。直接渡すように言われてますので。そのお気持ちだけで」

 くれぐれも、補佐官様だけには渡すなと念押しされている。

『そう言われると、何の本か興味が湧くわね。……分かったわ。付いて来て。案内するわ』

「いえ、結構です」って言いたかったけど、そんなことが言えるほど私は勇者じゃなかった。

「……ありがとうございます」

 私は補佐官様にドナドナされながら、閻魔殿まで歩いていると、行き交う獄卒たちが一度立ち止まり、やたら直立体勢で斜め三十度の姿勢で一礼している。動物の獄卒もだ。

(恐怖支配の結果か!! 恐るべき、補佐官様)

『(中々、面白いことを考える娘だな)……神谷さん』

「はい!!」

『貴女、死んだら、ここに就職しない?』

(ん? 聞き間違いかな? 就職を勧められた気がするけど。もしかして、空耳じゃない!?)

「…………考えときます」

 そう答えるしかないでしょ。下手に承諾なんて出来ない。相手は補佐官様で鬼神様だよ。口約束でも無理。

『そう。時間はたくさんあるから考えといてね(優秀な人材、逃がすつもりはない)』

「はい……」

 か細い声で、どうにか答えることが出来た。誰か誉めて。

 十分程歩くと、漸く閻魔殿が見えて来た。ほんと、長かったよ~~。


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