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第一冊 桜のこより
終章
しおりを挟む「それで、結局どうなったんだ?」
境内を竹箒で丁寧に掃きながら、慶介は尋ねてくる。私は報告がてら散歩に来ていた。
「来たよ。昨日の夕方に」
「マジで!? ……よく来れたな」
手が止まっている。
「私もそう思う。ズタボロだったけどね」
冗談抜きに本当にズタボロな状態だった。衣服もボロボロであちこち傷付いてたし、埃まみれだった。久し振りにそこまで酷い状態を見たよ、マジで……。
運が良かったのか、それとも死神様に見逃してもらったのかは分からないけど、椿野彰は神楽書店に辿り着いた。
「亡者なのに、ズタボロだったのか?」
「ズタボロだったね」
私の答えに、そういうもんかと、慶介は一人納得している。
「それで、春さんには会えたのか?」
軽く首を横に振る。
「最後まで、春さんは目を覚まさなかったよ。でもね……幸せそうだった。彼はとても幸せそうに、こよりを、ううん、春さんを抱き締めてたよ」
時間が来るまで、ずっとね……。
椿野彰は春さんの存在を知っていた。
そして、彼女が既に死んだ人間だと知りながらも、心から春さんを愛していた。
春さんの一方的な想いじゃなかったんだ。
「殺されたかもしれないのに?」
(確かにそうだよね。でも……)
「……そんなの、どうでもいいんだよ。彼にとっては」
そもそも彼は、春さんに殺されたとは思っていない。思ってたら、あんな顔は絶対出来ないよ。
もし、仮にだよ。
仮に、椿野彰が春さんに殺されたとしても、それは彼にとって大して意味のない、些細なことだったのかもしれない。
自分の命よりも、春さんと一緒にいる方が、彼にとったら重要で大切なことだった。だとしたら、椿野彰は希望通り春さんとの未来を手にいれた。人として歩む道を捨ててまで。
彼を見てたら、そんな風に思えて仕方がなかった。
その選択は間違いだと言う人もいるかもしれない。それでも、彼は春さんとの時間を欲した。
しかし、そこまでして手にいれた時間はほんの僅かなものだった。そのことを彼は知っていたのかな。知っていて、その選択をしたのかな。残念なことに、訊こうと思っても訊けない。
「俺には分かんねーな」
ぼそっと慶介が呟く。
(慶介はそうだね)
常に陽の下にいる人間だから。
でも私は……少し分かる気がする。
それ程、大切な存在だったってことなんだろう。自分の存在全てを賭けてもいい程に。そういうのを、狂気に近い愛っていうのかな。
「でも、そこまで誰かを愛せるのって、とても羨ましいことじゃない」
どんな形でも。心からそう思う。
「まぁな……」
慶介は珍しく笑みを浮かべた。
さて、話も終わったし、体が冷えてきたので帰ろうとする私に、慶介が声を掛けてきた。
「もしかして、椿野彰って、春さんが現世に留まる原因になった奴の生まれ変わりだったりしてな」
そうかもしれない。否定なんて出来ない。だけど、
「それも、二人にとってはどうでもいいことじゃない」
そう答えて、慶介と別れた。
まぁ、正直気にならないっていえば嘘になるけどね。調べる術もあるし。でも、調べようって気にはならなかった。それこそ、どっちでもいいことだとさえ思う。
最後の最後に椿野彰は間に合い、春さんと一緒に旅立った。
それが一番大切なことなんだから。
だけど……その先に続く道は、二人にとってとても厳しいものだろう。
特に、春さんの方は……。
春さんは多くの罪を重ねている。
椿野彰の事は別にしてもね。
現世に留まり続けること事態が罪だから。地獄は現世のように甘くはない。罪に似合った求刑が課せられる。年齢に関係なくね。
私は天を仰ぎ祈る。
罪を償い終わった先に続く二人の道が、どうかどうか、重なり合いますようにとーー。
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