護国神社の隣にある本屋はあやかし書店

井藤 美樹

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第一冊 桜のこより

矜持

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 春さんの暴走は治まり、どうにか店内も落ち着きを取り戻した。

 朱里様の一言のせいで、何とも言えない微妙な空気のままだが。

 そんな空気を一瞬で払拭させたのは、白さんだった。

『椿野彰が現れたら、知らせて欲しい』

 白さんが険しい表情で頼む。だが、その口調は命令に近い。いや、命令だ。

 神に連なる方の命令。

 人である私に拒否権は初めからない。

 当然快く快諾した。でも、神楽書店の矜持プライドを持って答えるけどね。

「分かりました。椿野彰を見掛けたら、白さんに知らせます。……但し、一歩でも神楽書店に足を踏み入れたのなら、ここの流儀に従ってもらいます。宜しいですか」と。

 目を逸らすことなく、白さんを見据えたまま告げた。

 まさか、そう返ってくるとは露程も思ってもみなかったのだろう。

 私の台詞を聞いて、益々白さんの険しさが増す。眉間の深い皺の数が増える。美形だからか、一層凶悪さが増した。

 店内じゃなかったら、完全にびびって腰を抜かしてる程の迫力だ。実際、泣いてないし。たぶん涙目だけど。

 でも、ここで引く訳にはいかない。絶対引けない。一度でも引いたら、これから先何かがあった時、神楽書店が引かなきゃいけなくなる。それだけは絶対に駄目だ。

 私に安心して眠れる場所を与えてくれた神楽さんのためにも、ここで踏ん張らないと。

 それに仮とはいえ、神楽書店の店主として、留守を預かる者として、私には神楽書店に辿り着いた亡者を護る責任がある。

 そして、どんな形になったとしても送り出す。

 それが、私の矜持プライドだ。

 一歩でも神楽書店に足を踏み入れたのなら、椿野彰もまた私が護るべき対象者。

 例え、死神様を敵に回しても護るーー。

 正直に言えば、一介の人間に過ぎない私が、死神様に楯突くのはとんでもないことだ。怖くて仕方ない。気を抜けば、足が震えて座り込みそうになる。

 それでも、私は必死で自分を奮い立たせる。無意識に握り締めていた掌に爪が食い込む。鋭い痛みが私を勇気付けた。

 つまり、私は神の一員である死神様にこう告げたのだ。

 椿野彰が神楽書店に体の一部が入った時点で、死神様といえども引き渡しはしないとーー。

 明らかに、死神様に喧嘩を売ったよね。

 元々死神様たちは、神楽書店を煙たく思っていることは知っていた。なんせ、人間如きが自分たちの領分を越権しているからね。死神様にとって面白くないのは十分に理解出来る。

 だからといって、間違ったことを言った覚えはない。面目丸潰れになりたくなければ、ここを訪れる前に捕まえればいいだけだ。まぁ必ずしも、ここを訪れる確証はないけど。

 ただ……さっきの春さんの反応を見れば、かなり強い縁があったって容易に連想出来る。一方的じゃないだろう。

 だとしたら、春さんがいる神楽書店に、彼が来る可能性は大きいと考えるのが妥当だ。春さんしか手掛かりがない以上、この周囲を重点的に捜索するのが、一番の得策だと言える。

 魂は、縁が強い場所に惹き付けられる習性があるからね。だとしても、大きな賭けになるのは間違いないけど。

『代理とはいえ、神楽書店の店主は見守るのが役目だった筈だが』

 越権行為ではないかと、白さんは私を非難する。

「重々承知しております、死神様。代理とはいえ、私は神楽書店の店主、閻魔大王様と契約を交わした際の注意事項は承知しております。はなから破るつもりは毛頭ありません。……私の役目は、神楽書店に来た亡者の。それはここを訪れたにおいて言えること。違いますか? 死神様」

 今までの口調を百八十度変え、きっぱりとそう告げた私を、白さんは厳しい目で見据えると軽く溜め息を吐いた。

 そして、『分かった。了承した』と短く答えた。

 帰り際、白さんの目が優しかったことに、頭を下げていた私は全く気付かなかった。


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