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第一冊 桜のこより
死神と付喪神(1)
しおりを挟む彼が珍しく神楽書店を訪れたのは、その日の午後だった。
「どうしたんですか? 白さん。難しい顔をして」
いつもは、何が起きても涼やかな顔をして入って来るのに、今日は眉間に深い皺を作っている。美形なだけに迫力があり過ぎて、少し怖い。ほんの少しだよ。
元々美形過ぎて、常に無表情に近い白さんは、パッと見、とても怖い印象を持たれることが多い。声のトーンも変わんないしね。特に、感情が読めないことが大きいんじゃないかな。
実際、私も初めて会った時、白さんのこと怖がったしね。威圧っていうのかな、起きたまま金縛りになったのは貴重な体験だよね。
でも今は、責任感が強くて真面目な人だと知っている。真面目過ぎて、無表情になったみたいだけど。そういう面で少し不器用かな。兎に角、いい人だ。【死神】だけど。それによく観察すれば、ちゃんと表情はあるみたい。
そうそう、白さんは、ここら一帯を管轄にしている死神の主任様さんだ。結構偉い人なんだよ。
【死神】の主な仕事は、死者の魂を三途の川まで連れて行くこと。
時には、地縛霊を狩ったりもする。
それから春さんのように、ここに来た亡者を連れて行くのも、彼ら【死神】の大事な仕事だ。
因みに、亡者の預かり料金は地獄からでている。
という訳で、生きている私とも面識があるってわけ。
だからといって、白さんが仕事以外で書店に来ることはまずない。ということは、
「亡者が一人行方不明になった」
(必然的にそうなるよね。やっぱり、仕事絡みですか? って、亡者が!?)
「それって、かなりヤバいんじゃ……」
始末書で済めばいいけど。あの補佐官様が相手じゃ、それだけで絶対済む筈ないよね。
『『ご愁傷様~~』』
見た目五歳児の双子が仲良くハモる。勿論、付喪神様だ。この子たちの本体は草履。だから、常に二人一組でいる。
『白殿とここでお別れとは、悲しいですわ』
これは矢那さんだ。
『馬鹿な奴だ』
白い髭を胸元まで伸ばした小柄なお爺さんが、神妙な顔をしながら言う。身長は一メートルくらいかな。神楽書店に顔を出す付喪神様の中で一番の古株さんだ。本体は、小さな桐箱。
「成仏して下さい」
最後は勿論私。
いつしか、わらわらと付喪神様の面々が集まって来ると、好き勝手に仰る。私もだけど。皆、補佐官様の性格を知っているので容赦ない。
(あながち、大袈裟じゃないところが恐ろしいよね~~くわばらくわばら)
付喪神様は基本、とても自由だ。人間のように色々な柵に縛られてはいない。まだ、死神や地獄で働く獄卒の方が人間に近いかもしれないね。
『逃がしたのは、俺じゃない』
皆に散々なことを言われた白さんは、やや憮然とした表情で答える。
『『へぇ~~それは残念』』
『白殿のお美しい顔が無事で良かったですわ』
『白の潰れた顔を見たかったのに、非常に残念だ』
付喪神様の言い様に、私は苦笑する。白さんは尚も憮然としたままだ。
何だかんだと悪態を吐きながらも、付喪神様は白さんのことを結構気に入ってる。そうでなければ、そもそもからかいに来たりはしない。姿も見せない。
白さんもそのことが分かってるみたいで、何も言わないみたい。傍で見てて思うんだけど、どこか諦めているような気がするのは私だけかな。
「それで、どうして白さんがここに? もしかして、この管轄に逃げ込んで来たとか?」
「相変わらず、察しがいいな。祐樹は」
苦笑しながら白さんは答える。その視線が一瞬、後ろで詩集を読んでいる春を捉えたことに、私は気付く。
(どうして、春さんを見たの?)
そもそも、管轄内に逃げ込んだだけで、どうして白さんが出てきたの? 主任である白さんが。おかしいよね。そこまで考えて気付いた。
(もしかして……)
ある考えが頭を過る。
「白さん。誰が逃げ出したの?」
だから、直接白さんに尋ねてみた。
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