8 / 68
第一冊 桜のこより
桜のこより(2)
しおりを挟むこよりはゆらゆらと揺れながら落ちる。
こよりが床に付いた瞬間だった。
不思議なことが起きた。
淡い光がこより全体を包み込んだのだ。
私と同居人さんは特に驚かない。
光が点ったのは少しの間。直ぐに光は消えていく。と同時に、こより自体も消えてなくなった。
代わりに現れたのは、小柄で華奢な可愛らしい女性だった。
肩のあたりで切り揃えられた黒髪。
年の頃は十代後半か、いって二十二、三ぐらいかな。ただ……着ている物が現代の物とは明らかに違っていた。
一番近いのは、戦争映画やアニメに出てくるような姿かな。
そう、もんぺ姿の女性が立っていた。
(詩集が発行された年代と合うね)
微笑む私と違い、もんぺ姿の女性は戸惑いと不安、そして警戒感が入り混じった、複雑な表情で私を見ていた。
(まぁ、それも無理ないわね。仮とはいえ、実体がもてたんだから)
女性が自我を失っていないことに、内心ホッと胸を撫で下ろす。
さぁ、今から仕事を始めましょうか。
「はじめまして、こよりさん。名前を伺ってもいいかな?」
警戒心をこれ以上持たれないために、私は笑顔を向けながら女性に話し掛けた。
「…………横井春」
明らかに警戒されているが、それでも名前を教えてくれた。よかった~~。名前を覚えてて。覚えていないと厄介だからね。
「そう。横井春さん、私は神楽書店の店主をしている、神谷祐樹といいます」
「…………」
(だんまりか。まぁ、構わないけどね)
聞く聞かない別として、ここに来た以上、伝えておかなければならないことがある。
神楽書店が取り扱っているのは〈禁書〉だけでなく、時には亡者、属にいう幽霊も取り扱っている。ちょっと言葉が悪いわね。
正確に言えば、一時預かりかな。
言葉通り、一定の期間預かるんだよ。逃げないように。現世をうろうろされないためにね。実はこれが結構な額になるんだよね。ちょっと、下世話過ぎた? 引かないでね。さて、気を取り直して。
「単刀直入に言います。貴女がどんな想いを残して現世に留まっているのか、私には分かりません。しかし、ここに来た以上、貴女はここから一歩も出ることは叶いません。当然、あの夫婦の元に戻ることも、他に移動することも出来ないので、無駄な努力はしない方がいいです。時間がありませんから。……貴女がいられるのは、月が満ちるまでの間。つまり、後四日です。四日後、地獄からの使者、死神が貴女を迎えに来ます。そして地獄で、貴女は裁判を受けることになります。……ここまでは理解出来ましたか?」
「…………はい」
小さい声が返ってきた。
意外だ。
今回の亡者は暴れたりしないし、反抗的な態度をとったりしない。大人しすぎる。
だいたい、ここに来た亡者は反抗的な態度をとるんだけどね。なんせ、執着の塊だから。
だって、普通の死者は、まずここに来ないからね。ある意味、曰く付きの死者が集まる。だから、出さない仕組みになっているんだよ。
まぁ暴れても、この店内じゃ何も出来ないから安全なんだけどね。
そもそも、そうでなければ預かれない。
それは一先ず置いといて、意外過ぎて却って個人的に気になる。
(後四日あるし、十分観察出来るよね)
「では、横井春さん。四日間、ここで自由にお過ごし下さい。但し、二階の私の居住区には立ち入らないこと。付喪神を攻撃しないこと。その二点を守って頂ければ、何をしていても構いません」
言いながら、私は注意深く春さんを観察する。
ここは考える場所だ。
自分を振り返り、取り戻す場所でもある。
私は一切手を出さない。
ドラマやラノベのように、亡者の想いを汲み取り、願いを叶えるために奔走したりはしない。
私は傍観者として接する。
それが、亡者を預かる上での決まり事だ。あくまで私は、場所を提供しているだけ。
春さんのように、何かに執着し、理から外れ、現世に留まることを決めた亡者。
そして、彷徨い続けた結果、ここに辿り着く。極僅かだけど。
言わばここは、あの世に逝く準備をする場所ってところかな。私はそう考えてる。
最後の時間ーー。
それを上手く活用出来るか、出来ないかは、亡者次第。
私はそれを、ただ……見守るだけ。
(春さん。貴女はこの四日間、どう過ごすの?)
私は春さんを見詰める。
「…………分かりました」
少し考えた後、春さんは静かにそう答えた。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説

【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。
貸本屋七本三八の譚めぐり
茶柱まちこ
キャラ文芸
【書籍化しました】
【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞受賞】
舞台は東端の大国・大陽本帝国(おおひのもとていこく)。
産業、医療、文化の発展により『本』の進化が叫ばれ、『術本』が急激に発展していく一方で、
人の想い、思想、経験、空想を核とした『譚本』は人々の手から離れつつあった、激動の大昌時代。
『譚本』専門の貸本屋・七本屋を営む、無類の本好き店主・七本三八(ななもとみや)が、本に見いられた人々の『譚』を読み解いていく、幻想ミステリー。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!
葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!!
京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。
うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。
夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。
「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」
四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。
京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる