護国神社の隣にある本屋はあやかし書店

井藤 美樹

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第一冊 桜のこより

桜のこより(2)

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 こよりはゆらゆらと揺れながら落ちる。

 こよりが床に付いた瞬間だった。

 不思議なことが起きた。

 淡い光がこより全体を包み込んだのだ。

 私と同居人さんは特に驚かない。

 光が点ったのは少しの間。直ぐに光は消えていく。と同時に、こより自体も消えてなくなった。

 代わりに現れたのは、小柄で華奢な可愛らしい女性だった。

 肩のあたりで切り揃えられた黒髪。

 年の頃は十代後半か、いって二十二、三ぐらいかな。ただ……着ている物が現代の物とは明らかに違っていた。

 一番近いのは、戦争映画やアニメに出てくるような姿かな。

 そう、もんぺ姿の女性が立っていた。

(詩集が発行された年代と合うね)

 微笑む私と違い、もんぺ姿の女性は戸惑いと不安、そして警戒感が入り混じった、複雑な表情で私を見ていた。

(まぁ、それも無理ないわね。仮とはいえ、実体がもてたんだから)

 女性が自我を失っていないことに、内心ホッと胸を撫で下ろす。

 さぁ、今から仕事を始めましょうか。

「はじめまして、こよりさん。名前を伺ってもいいかな?」

 警戒心をこれ以上持たれないために、私は笑顔を向けながら女性に話し掛けた。

「…………横井春」

 明らかに警戒されているが、それでも名前を教えてくれた。よかった~~。名前を覚えてて。覚えていないと厄介だからね。

「そう。横井春さん、私は神楽書店の店主をしている、神谷祐樹といいます」

「…………」

(だんまりか。まぁ、構わないけどね)

 聞く聞かない別として、ここに来た以上、伝えておかなければならないことがある。

 神楽書店が取り扱っているのは〈禁書〉だけでなく、時には亡者、属にいう幽霊も取り扱っている。ちょっと言葉が悪いわね。

 正確に言えば、一時預かりかな。

 言葉通り、一定の期間預かるんだよ。逃げないように。現世をうろうろされないためにね。実はこれが結構な額になるんだよね。ちょっと、下世話過ぎた? 引かないでね。さて、気を取り直して。

「単刀直入に言います。貴女がどんな想いを残して現世に留まっているのか、私には分かりません。しかし、ここに来た以上、貴女はここから一歩も出ることは叶いません。当然、あの夫婦の元に戻ることも、他に移動することも出来ないので、無駄な努力はしない方がいいです。時間がありませんから。……貴女がいられるのは、月が満ちるまでの間。つまり、後四日です。四日後、地獄からの使者、死神が貴女を迎えに来ます。そして地獄で、貴女は裁判を受けることになります。……ここまでは理解出来ましたか?」

「…………はい」

 小さい声が返ってきた。

 意外だ。

 今回の亡者は暴れたりしないし、反抗的な態度をとったりしない。大人しすぎる。

 だいたい、ここに来た亡者は反抗的な態度をとるんだけどね。なんせ、執着の塊だから。

 だって、普通の死者は、まずここに来ないからね。ある意味、曰く付きの死者が集まる。だから、出さない仕組みになっているんだよ。

 まぁ暴れても、この店内じゃ何も出来ないから安全なんだけどね。

 そもそも、そうでなければ預かれない。

 それは一先ひとまず置いといて、意外過ぎて却って個人的に気になる。

(後四日あるし、十分観察出来るよね)

「では、横井春さん。四日間、ここで自由にお過ごし下さい。但し、二階の私の居住区には立ち入らないこと。付喪神を攻撃しないこと。その二点を守って頂ければ、何をしていても構いません」

 言いながら、私は注意深く春さんを観察する。

 ここは考える場所だ。

 自分を振り返り、取り戻す場所でもある。

 私は一切手を出さない。

 ドラマやラノベのように、亡者の想いを汲み取り、願いを叶えるために奔走したりはしない。

 私はとして接する。

 それが、亡者を預かる上での決まり事だ。あくまで私は、場所を提供しているだけ。

 春さんのように、何かに執着し、ことわりから外れ、現世に留まることを決めた亡者。

 そして、彷徨さまよい続けた結果、ここに辿り着く。極僅かだけど。

 言わばここは、あの世に逝く準備をする場所ってところかな。私はそう考えてる。

 最後の時間ーー。

 それを上手く活用出来るか、出来ないかは、亡者次第。

 私はそれを、ただ……見守るだけ。

(春さん。貴女はこの四日間、どう過ごすの?)

 私は春さんを見詰める。

「…………分かりました」

 少し考えた後、春さんは静かにそう答えた。


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