護国神社の隣にある本屋はあやかし書店

井藤 美樹

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第一冊 桜のこより

桜のこより(1)

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 夫婦が処理(廃棄)して欲しいと置いて行ったのは、一冊の詩集だった。

 どこにでもあるような詩集だ。

 カバーも何もない。表紙の端も折れていた。

 陽の当たる所に置いていたのか、紙が焼けて薄茶色に変色している。劣化がかなり進んでいた。

 手に取り最後のページを捲ると、字は霞んでいたがどうにか読めた。

(昭和五年……)

 どうやら、昭和初期に発行されたようだ。

 それでこの状態は、かなりマシな方だと思う。普通ならまず読めないからね。丁寧に扱われていたのが見ただけで分かるよ。

 この詩集の持ち主たちは、皆本好きだったようだ。本屋を営んでいる者にとって、それは嬉しいことだった。

 そんなことを思いながら、中をパラパラと捲っていると、

【……おかしいですね。こんなにのは】

 メモ用紙が視界に入る。

「そうだよね……」

 同居人さんと同意件だ。確かにおかしい。

 古い物が長い月日を経て新たな命を宿し、付喪神つくもがみ に変化したモノや、強い想いを宿し、別のモノへと変化したモノは、通常

 つまり、劣化しないのだ。

 例え劣化していても、いつしか新品の状態へと戻ってたりする。

 それがあまりにも不自然過ぎて不気味だから、怖がって手放そうとする。まぁ、そうだよね。変色してボロボロだったのが、突然新品になるんだから不気味だよね。

 ましてや、時には夫婦が慶介に語ったように、移動することもよくあることだし。またこれはこれで、不気味なんだけどね。

 なのにこの詩集は、誰の目から見ても変色している。

 つまりこの詩集は、普通の本だということになる。

 甥っ子が独り言を言うのは癖で、交通事故で死んだのも偶然。本を棺桶に入れたと思ったけど、それは勘違いで入れ忘れていた。全ては、夫婦の勘違いと思い込みだった。

(そうだったらいいんだけどね……)

 手に取ってる今も、この詩集からとても強い想がひしひしと感じていた。

 命を宿す程にーー。

 だとしたら、手掛かりはこの詩集の中にある筈。

 そう考えなから、パラパラとページを捲っていると、不意にその手が止まった。

「……訂正。原因は本じゃない。このが原因だね」

 そう言いながら、こよりを本から離す。

 桜のこよりは誰かの手作りのようだ。

 淡いピンク色した桜の押し花がこよりを彩る。可愛いこよりだった。昭和初期の、変色した詩集には似合わないこよりだ。

 詩集の持ち主は甥っ子だった筈。彼女がくれた物って考えられないこともない。もしくは、自分が作ったのかもしれない。可愛い物を趣味にしている人も結構いるしね。

 でも……ひしひしと伝わってくる想いは、本に染み込んでいる想いの質とは全く違ったものだった。

 詩集に染み込んでいる感情や想いは、男性的なものに近い。だが、このこよりはどちらかというと……。

(作ったのは女性かな? どうやら、桜に強い思い入れがあるみたいね)

 そんなことを考えながら、私はこよりに軽く息を吹き掛けると空中に放ったのだった。



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