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第一冊 桜のこより
白い袱紗(2)
しおりを挟む「……あの……店主は?」
明らかに戸惑いながら旦那さんは尋ねる。
「店主は私ですが」
特に不快に思うことなく答える。
「貴女が店主ですか!? ……お若いですね」
戸惑っていた表情が次第に困惑へと変わる。そしてその後、不安なものへと変わった。
これもまた、いつものことだ。
まだ十九の小娘だからね、仕方ないと思うよ。思うけど、少し傷付くわ。それでも、
「ええ。二年前に先代から託されました。若輩者の私が相手では、不安に駆られるのは仕方ありません。もし、鑑定を不安に思われるのなら、別の方に視て頂いても構いませんが」
苦笑しながらも、出来る限り真摯な態度で夫婦に話し掛ける。
内心、そんなこと出来ないだろうと思っていたが、敢えて選択肢を提示する。ただの社交辞令じゃなくて。強制されるんじゃなくて、自分で決め行動することが決別の第一歩だから。
若輩者っていうのもあるけど、ここで出て行くようだったら、神楽書店が関わるレベルじゃない。そのことを判断するためにも必要だっだ。
神楽書店が携わる本は、一般に発行されている本以外に、決して表に出してはいけない【禁書】の類いも取り扱う。販売は勿論しない。【禁書】だからね。
そういった訳ありの書物を保管するのも、神楽書店の大事な仕事だ。
神楽さんが、直ぐに愛しい人を探しに行けなかった理由は、まさにそこにあった。
閉めるとして、まず一番にしなくちゃいけないのは、一から【禁書】を保管出来る場所を探さなければならないことだ。
もし運良く見付かったとして、次に必要なのは、管理人を見付けること。
保管する場所が運良く見付かっても、管理する人が【禁書】の魅力に取り憑かれたら、それこそ大惨事が起きる。大きな力は災いでしかないからね。
私は只の見える子だった。
これといって、神楽さんのような力があるわけでもない。使える術も、店内でしか使えないし。
そんな私が本屋を託されたのは、何も出来ないからだ。そもそもら【禁書】を解読することが出来ないからね。
言い換えれば、私は只の門番に過ぎないんだよ。
あくまで、表面上は私が神楽書店の店主って名乗ってるが、本当の意味で、店主は今も神楽さんだった。
【禁書】を取り扱っているせいか、この本屋は普通の客は極端に少ない。看板もないからね。
時にはこの夫婦のように、曰く付きの本を持って来たりする。大半が、護国神社経由だけどね。他には、古本屋経由かな。
私の台詞に戸惑いを見せ、躊躇する旦那さんの腕を引っ張りながら、妻は震える声で必死に訴える。
「……私はこれ以上耐え切れないわ。ここで、いいじゃない。宮司さんの紹介なんだし」と。
一刻も早く、本を手放したいようだ。
(やっぱり、鑑定ではなさそうね)
「…………分かった。彼女を信じよう」
私のことを気にしつつも、旦那さん自身、本を手放したい気持ちの方が大きかったようだ。
旦那さんは考えた末そう決断すると、自分の腕にしがみ付く妻に向かって告げた。その決断に、妻はホッと安堵する。
二人はかなり緊張しているように見えた。まぁ、普通そうだよね。
夫は手に持っていた白い包みを、やや乱暴に私に渡す。まるで押し付けるように。私は黙ってそれを受け取ると、
「この本の鑑定で宜しいですか? それとも、買い取りで宜しいですか?」
最終確認だ。これ、とても重要。
「鑑定も買い取りも不要でお願いしたい。正直なところ、この本の【処理】を頼みたいんだが……」
すごく言い難そうにしながらも、旦那さんは嘆願する。
(処理ね……)
心の中で呟く。
「分かりました。この本を無料で引き取りましょう」
(ここは本屋なんだけど)
内心複雑に思いながらも、私は営業用の笑みを浮かべ請けた。
「ありがたい。くれぐれも宜しくお願い致します」
旦那さんはくれぐれもという言葉に、特に力を込める。
「分かりました」
私がそう答えると、夫婦は憑き物が落ちたかのような、安心した表情を浮かべると、そのまま早足で店を出て行く。
溜め息を吐きながら、私は夫婦を見送った。
まぁ、これも珍しいことじゃない。
逃げ出さなくてもいいのにといつも思うが、当事者からしたら持って来た白い包みですら恐怖で仕方ないだろう。持って来ただけマシかな。
だから私は、敢えて別件で来店した人に関しては、名前も住所も訊かないことにしている。
だって、別件でここに本を持って来る大半の普通な人は、持って来た本と縁を切りたいのだから。
私が名前を訊いて縁を繋いだままにしているのは、依頼者にとって有益なことじゃないからね。それに、依頼者の本意じゃないでしょ。
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