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第一冊 桜のこより
白い袱紗(1)
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約束の時間十分前に、彼らは神楽書店にやって来た。
パッと見は六十代前半の初老の夫婦。でも実際の年齢はもっと若い筈。四十代半ばか後半ぐらいかな。瞬時にそう判断する。
「いらっしゃいませ」
頭ではそんなことを考えながらも、出来る限り警戒心を持たれないように、笑みを浮かべたまま夫婦を出迎えた。
それでも、視線は夫婦から外さない。夫婦と視線がかち合わないように気を付けながら、備に彼らを観察する。これ、実はとても大事なことなんだ。色々とね。でもまぁ、視線を合わさないようにしてくれるから楽だけど。
この夫婦もそうだけど、慶介経由で来たお客様ってあまり話したがらないからね。気持ちは理解出来る。だから、得られるところから情報を得ないとね。だから、観察するわけ。
二人とも、やけに疲れ果てた様相をしている。異常なほどまでに。まるで重病人のようだ。肌もくすんで血行が悪い。食事も細くなってるんじゃないかな。最悪、摂れてないのかもしれない。
それに、寝れてないみたいだ。二人とも目の下に大きな隈が出来ている。奥さんの方はどうにか化粧で誤魔化せてるけど、旦那さんの方は特に酷い。真っ黒過ぎて窪んでいるように見える。
だからかな、全体的に影が薄くなってる感じがした。生気を感じないって言った方がいいかな。だけどそれは、特に珍しいことじゃないので、今はスルー。
慶介 の電話じゃ、【鑑定】を希望しているって聞いてたけど、どうやら【鑑定】ではなさそうだ。それとは別の件で来店した気がしてならない。
(まぁ、どっちも似たようなもんなんだけどね)
本を視ることに変わりはないんだから。【鑑定】はそれプラス調査が入るだけのこと。
【鑑定】ではなく、別の件で来店した大半の人は、目の前にいる夫婦のように疲れ果ててるのが殆どだ。肉体面もそうだけど、特に精神面が疲弊し切っているのが主な特徴かな。
「…………すみません。神楽書店はここであってますか? 表に看板がなかったもので」
覇気のない声で、旦那さんの方が私に尋ねてきた。その手には、しっかりと白い布で包まれた物が握られていた。
(あれが、一応鑑定に持って来た本ね。大きさから見て、単行本ぐらいの大きさかな)
「はい。神楽書店はここで間違いありません」
私の台詞にホッとする夫婦。
「沢木さんから連絡を受けています。寒かったでしょ。どうぞ、今温かい飲み物を淹れて来ますから、お好きな所に座ってお待ち下さい。コーヒーでいいですか?」
夫婦に席を勧める。家のコーヒーは自慢出来るからね。
しかし彼らはコートも脱がずに、戸惑った表情のまま立ち尽くしていた。
どうやら、自慢のコーヒーは振る舞えそうにないみたい。とても残念だけど。お客様がそう望むんじゃしょうがないよね。
さて、それじゃ早速本題に移りましょうか。
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