69 / 104
第六章 死亡フラグ回避のため断固拒否します
セルシストの街の歩き方
しおりを挟む腕の中でぐったりと力の抜けた身体を支える。
聞こえてくる呼吸は大分安定しているけど、表情が見えないからなんとも言えない。
パニックを起こすよりは意識を失っていた方が楽だろう。だけど次に目を覚ました時にまだこの状態だったら、また同じことになるかもしれない。
こいつが目を覚ます前にどうにかここを出たいところだけど、と考えたところで扉の向こうに人の気配がした。足音と話し声が近付いてくる。
誰かがこの状況に気づいて探しに来たのかもしれない。
重い扉が開いて眩しい光が入り込む。
「瀬尾!大丈夫!?…ってあれ?」
「清春いるか!?って相楽?」
揃いも揃って似たような反応で入ってきたのはアホ会長と知らない金髪の男だった。
腕の中の存在を起こさないように抱き上げて、扉へと向かう。
「色々あって気失ってるから、静かに」
それを見てまた騒ぎ出しそうな二人に向かって事前に釘を打つ。アホ会長が心配そうな顔をして「清春は大丈夫なのか?」と聞いてくる。
「今は大丈夫だと思うけど。嫌がらせで閉じ込められて、俺は巻き添えくらった感じ」
「そうか、とりあえず部屋に連れて行こう。ああ、そっちの金髪の奴は清春の同室だ」
「あ、どうも羽宮です。すみません、瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます。後はオレが連れて行くんで」
そう言って伸ばされた腕に荷物を引き渡そうとして、俺の服を掴む手が離れない事に気づく。
「…クソが。いいや、一応保健室連れて行くから。あんたは後でそっちに迎え行って」
「あ、はい」
「じゃ。会長は犯人捜ししといてください」
二人に背を向けて言葉通り保健室に向かって歩き出す。腕の中の存在はちっとも重くないのに煩わしくてたまらない。どうして俺がこんな奴のために少しの揺れもないように慎重に歩いてやらないといけないんだろう。
『瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます』
どうしてあんな一言が引っかかるんだろう。まるで自分のものかのような言い方が気に入らない、なんて笑える。
どうして服を掴んでいるだけの手を離せなかったんだろう。力を入れれば簡単に振り落とせそうなこの手を、どうして。
「…ヨダレ出てるし」
保健室のベッドに寝かせてようやく確認した表情は、呆れるくらいのアホ面だった。
こういうところだけはなにも変わってない。
馬鹿で間抜けなお前。
このままずっと、眠っていればいいのに。
そうしたらまた、あと一度だけ、俺はお前のことを大切にしてやれそうな気もした。
昔みたいに、なにもなかったように笑ってくれれば。
「なんてな」
ありえない、そんなの。
もうお前に裏切られるのなんて懲り懲りだ。
俺のきよはもうこの世界のどこにもいない。
だからあいつに似た顔で、声で、俺に近付くなよ。
同じようなことを言うなよ。
「…目障り」
早く消えてほしい、俺の目の前から。
そうしてもう二度と現れないでほしい。
このままお前が死んでくれれば、俺はきっと楽になれるのに。
思考が行き過ぎたところで、不意に眠っていたはずのその目が薄く開かれた。
朧げな瞳が俺の姿を捉えて瞬く。
「めえ…?」
幼い子どもが親に寄せるような全幅の信頼と、甘えを滲ませた舌足らずな声が俺を呼んだ。
懐かしいその響きに思わず息を呑む。
うたた寝の合間に目を覚ますと、きよは決まって視界に入った俺のことをそんな声で呼んだ。
夢現な瞳が真っ直ぐに俺を見つめて笑う。
真っ黒に見える虹彩は、近くで覗くと青みがかっているのがよくわかるのだ。
光の差し込む角度で様子を変えるその瞳から目が離せないのは今に限った話じゃない、昔からずっとそうだ。
きよは事あるごとに俺の目が綺麗だと言って褒めたけれど、俺からしたらきよの目の方がよっぽど綺麗だった。
どんな宝石よりも、なんて陳腐な言葉が浮かぶほどに。
「めい、だいすきだよ」
そんな傍迷惑な一言を残して、目の前の男は糸が切れたように再び眠りについた。
『……おれはおれだよ』
静かな寝顔を見ていたら、そう言って寂しそうに笑った顔を思い出した。
「俺は大っ嫌いだよ、お前のこと」
お前はきよじゃない。
そうじゃないとダメなんだ。
だって俺、きよのことは嫌いになれないんだから。
聞こえてくる呼吸は大分安定しているけど、表情が見えないからなんとも言えない。
パニックを起こすよりは意識を失っていた方が楽だろう。だけど次に目を覚ました時にまだこの状態だったら、また同じことになるかもしれない。
こいつが目を覚ます前にどうにかここを出たいところだけど、と考えたところで扉の向こうに人の気配がした。足音と話し声が近付いてくる。
誰かがこの状況に気づいて探しに来たのかもしれない。
重い扉が開いて眩しい光が入り込む。
「瀬尾!大丈夫!?…ってあれ?」
「清春いるか!?って相楽?」
揃いも揃って似たような反応で入ってきたのはアホ会長と知らない金髪の男だった。
腕の中の存在を起こさないように抱き上げて、扉へと向かう。
「色々あって気失ってるから、静かに」
それを見てまた騒ぎ出しそうな二人に向かって事前に釘を打つ。アホ会長が心配そうな顔をして「清春は大丈夫なのか?」と聞いてくる。
「今は大丈夫だと思うけど。嫌がらせで閉じ込められて、俺は巻き添えくらった感じ」
「そうか、とりあえず部屋に連れて行こう。ああ、そっちの金髪の奴は清春の同室だ」
「あ、どうも羽宮です。すみません、瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます。後はオレが連れて行くんで」
そう言って伸ばされた腕に荷物を引き渡そうとして、俺の服を掴む手が離れない事に気づく。
「…クソが。いいや、一応保健室連れて行くから。あんたは後でそっちに迎え行って」
「あ、はい」
「じゃ。会長は犯人捜ししといてください」
二人に背を向けて言葉通り保健室に向かって歩き出す。腕の中の存在はちっとも重くないのに煩わしくてたまらない。どうして俺がこんな奴のために少しの揺れもないように慎重に歩いてやらないといけないんだろう。
『瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます』
どうしてあんな一言が引っかかるんだろう。まるで自分のものかのような言い方が気に入らない、なんて笑える。
どうして服を掴んでいるだけの手を離せなかったんだろう。力を入れれば簡単に振り落とせそうなこの手を、どうして。
「…ヨダレ出てるし」
保健室のベッドに寝かせてようやく確認した表情は、呆れるくらいのアホ面だった。
こういうところだけはなにも変わってない。
馬鹿で間抜けなお前。
このままずっと、眠っていればいいのに。
そうしたらまた、あと一度だけ、俺はお前のことを大切にしてやれそうな気もした。
昔みたいに、なにもなかったように笑ってくれれば。
「なんてな」
ありえない、そんなの。
もうお前に裏切られるのなんて懲り懲りだ。
俺のきよはもうこの世界のどこにもいない。
だからあいつに似た顔で、声で、俺に近付くなよ。
同じようなことを言うなよ。
「…目障り」
早く消えてほしい、俺の目の前から。
そうしてもう二度と現れないでほしい。
このままお前が死んでくれれば、俺はきっと楽になれるのに。
思考が行き過ぎたところで、不意に眠っていたはずのその目が薄く開かれた。
朧げな瞳が俺の姿を捉えて瞬く。
「めえ…?」
幼い子どもが親に寄せるような全幅の信頼と、甘えを滲ませた舌足らずな声が俺を呼んだ。
懐かしいその響きに思わず息を呑む。
うたた寝の合間に目を覚ますと、きよは決まって視界に入った俺のことをそんな声で呼んだ。
夢現な瞳が真っ直ぐに俺を見つめて笑う。
真っ黒に見える虹彩は、近くで覗くと青みがかっているのがよくわかるのだ。
光の差し込む角度で様子を変えるその瞳から目が離せないのは今に限った話じゃない、昔からずっとそうだ。
きよは事あるごとに俺の目が綺麗だと言って褒めたけれど、俺からしたらきよの目の方がよっぽど綺麗だった。
どんな宝石よりも、なんて陳腐な言葉が浮かぶほどに。
「めい、だいすきだよ」
そんな傍迷惑な一言を残して、目の前の男は糸が切れたように再び眠りについた。
『……おれはおれだよ』
静かな寝顔を見ていたら、そう言って寂しそうに笑った顔を思い出した。
「俺は大っ嫌いだよ、お前のこと」
お前はきよじゃない。
そうじゃないとダメなんだ。
だって俺、きよのことは嫌いになれないんだから。
169
お気に入りに追加
464
あなたにおすすめの小説

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
結界師、パーティ追放されたら五秒でざまぁ
七辻ゆゆ
ファンタジー
「こっちは上を目指してんだよ! 遊びじゃねえんだ!」
「ってわけでな、おまえとはここでお別れだ。ついてくんなよ、邪魔だから」
「ま、まってくださ……!」
「誰が待つかよバーーーーーカ!」
「そっちは危な……っあ」

辺境地で冷笑され蔑まれ続けた少女は、実は土地の守護者たる聖女でした。~彼女に冷遇を向けた街人たちは、彼女が追放された後破滅を辿る~
銀灰
ファンタジー
陸の孤島、辺境の地にて、人々から魔女と噂される、薄汚れた少女があった。
少女レイラに対する冷遇の様は酷く、街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。理由無き冷遇である。
ボロ小屋に住み、いつも変らぬ質素な生活を営み続けるレイラだったが、ある日彼女は、住処であるそのボロ小屋までも、開発という名目の理不尽で奪われることになる。
陸の孤島――レイラがどこにも行けぬことを知っていた街人たちは彼女にただ冷笑を向けたが、レイラはその後、誰にも知られずその地を去ることになる。
その結果――?

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】
小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」
私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。
退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?
案の定、シャノーラはよく理解していなかった。
聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中

聖女なのに王太子から婚約破棄の上、国外追放って言われたけど、どうしましょう?
もふっとしたクリームパン
ファンタジー
王城内で開かれたパーティーで王太子は宣言した。その内容に聖女は思わず声が出た、「え、どうしましょう」と。*世界観はふわっとしてます。*何番煎じ、よくある設定のざまぁ話です。*書きたいとこだけ書いた話で、あっさり終わります。*本編とオマケで完結。*カクヨム様でも公開。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる