上 下
55 / 61
第五章 嘘と死亡フラグと紅の聖女

貸一つですね

しおりを挟む

「おっ!? やっと降りてきたのか、チビ」

 階段降りてくるのを見た途端、待ってましたのように馬鹿にしてくる冒険者。程度の低いまたの名を荒くれ者。

 ほんと、脳筋って学習能力皆無みたいね。ほとほと呆れるわ。 

 それにしても、仮にも冒険者を名乗るなら、私の背後から異様な殺気を発してるの感じないのかな? 現に、ユリアは女子とは思えないほど小さくて低い声で「殺る殺る殺る」と呪文のように呟いているし。キルもそこまでじゃないけど、やれやれ感出しながら、さも当然のように「殺るか」って言ってるし。

 正直、あのギルマスの配下に、こんな無能が一定数いるなんて信じられないわ。まぁそれだけ、人手が足りないからなんだけど。スタンピードの回数が、ここ最近狭まってきたのも原因の一つね。

「……でも、これはないわ~」

 思わず口に出ちゃったよ。特に問題はないわね。

「なんだと!? って、おい、なに跪いてるんだ!?」

 荒くれ者を見下ろしていた私の空気がスーと変わったことに、脳筋はまったく気付かない。

 だけど、気付いている者、本能で感じとった者は自然と跪く。簡単に言えば、威圧で抑え込んだだけだけどね。

 威圧と殺気は違うけど、これを感じ取れないなんて、かなりの無能だわ。良い線引きになったんじゃない。受付嬢がなにも言わずに筆を走らせている。この受付嬢はかなり強者で優秀みたい。

 これはギルマスに貸し一つかな。

「五月蝿い、小蝿が粋がるな。別にお前たちがどう騒ごうが別に気にはしないけど、何度も目の前を横切るのは目障りよ。うせろ。ここは無能がいていい場所じゃない」

 低いが、私の声は冒険者ギルドに響き渡った。

 この荒くれ者なら、私がこんなことを言うと顔を真っ赤にしてキレるはずだけど、ギルド内は静寂だった。誰一人音を立てる者がいない。受付嬢も手を止めている。

 当然ね。

 私は自分の声に魔力を込めたの。精神に関与する魔法を直接かけたわけじゃないけど、格下の相手を黙らせ、動けなくすることぐらい簡単。こんな無能にスキルを使用するのは勿体ないからね。ユリアやキルには効かないけど。

 ゆっくりと、私は階段を降りる。

 そして、荒くれ者の隣で立ち止まった。

「私が今ここで、お前の心臓をナイフで貫くのも、首を掻っ切るのも簡単にできる。これが、お前と私の実力の差よ」

 そう冷たい声で言いながら、私は荒くれ者を下から見上げた。荒くれ者の目に恐怖が見える。気付けば、冷や汗もかいてるみたい。

 今、気付くの!? おっそ。でもまぁ、気付かないよりはマシかな。でも、このまま冒険者を続けていけるのかは、また別の話ね。しょせん冒険者っていうのは、超実力主義で自己責任の世界。私ができるのはここまでかな。

「……でも、褒めてあげる。Sランクの冒険者に何度もチビって言った度胸はね」

 にっこりと微笑みながら告げると、さっさと冒険者ギルドを後にした。

「今日はベッドに寝たかったけど野宿に変更かな。予定より数日早いけど、出発しようか」

「なにを仰っているのですか!? アキ様が気を使い出発を早める必要はありません」

 速攻、真顔で否定されたわ。っていうか、気を使ってるのわかっていたのね……それに驚きだよ。

「休める時に休む。これも大事だと思うぞ」

 いや、使う場所、微妙に違うと思うけど。

「……わかったわ。今日は宿屋に泊まるけど、代わりに、出発は明日だからね」

 これが妥協点よ。しょうがないよね、私のパーティー三人なんだから。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生した悪役令嬢の断罪

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:12,752pt お気に入り:1,654

皇女は隣国へ出張中

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:753pt お気に入り:49

私の役って一体何なんですか?

jun
恋愛 / 連載中 24h.ポイント:156pt お気に入り:448

【連載版】婚約破棄ならお早めに

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:42,635pt お気に入り:3,644

短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)

ホラー / 連載中 24h.ポイント:26,625pt お気に入り:67

愛する事はないと言ってくれ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,995pt お気に入り:204

貴方のために涙は流しません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:40,721pt お気に入り:2,785

処理中です...