31 / 61
第三章 スタンピードと神聖魔法
選択肢は二つ。逃げ回るか、逃げ回らないか
しおりを挟む何度も選択を繰り返して、人は生きていく。
その中で、後の運命を決める分岐点が突然現れることがあるの。
私はその分岐点で選んだ。
一生逃げ回るけど、ケイ兄さんとニノリスさんに保護される楽な人生ではなく、逃げ回らない代わりに、苦しくて辛い人生を――
そして、今、男もその分岐点に立っていた。
この場に留まるか、それとも立って王都に向かうか。逃げ回るか、逃げ回らないか――
「…………冒険者カードを渡す?」
覇気がない小さな声で男はボソリと呟く。
「Cランク以上の冒険者の招集がかかっている。貴方はBランク、言っている意味わかるでしょ。招集を拒否するのなら、冒険者は名乗れないわ。今回の案件は、スタンピードなんだから」
どんな理由でも、この招集を拒否することはできない。例えそれが、神の怒りをかった者だとしても。その顔に紋様があったとしても。冒険者カードを所持している限り。
「家族を想う時間さえ許されないのか!!」
男は立ち上がり私の胸倉を掴んで怒鳴る。小さい私は、男に胸倉を掴まれた時点で足が床から離れている。
「甘えないで。そんなの許されるわけないでしょ。貴方が冒険者であるかぎり」
淡々と私は答える。
「家族を失ったことのないお前に、この俺の気持ちがわかるわけない!!」
さらに男は怒り、ギリギリと胸倉を締め上げる。私の身体はさらに宙に浮く。魔力を操作していなかったら、落ちてるかやられてるわね。
「確かに、私は家族を失ってはいないからわかりはしない。だけど、家族や住む場所を失い慟哭し絶望する者は知っている。スタンピードが起きる理由は判明していない。なら、起きた時、私ができることは、慟哭し絶望する者が少ななくなるように身体を張るだけ」
そこまで言うと、男の手が緩む。ようやく、床に足が付いた。だけど、まだ胸倉を掴まれたままだ。男は膝を付いている。
「……俺はそんなに強くない。こんな顔で、家族にも会えなくて……石や生卵や腐ったものを投げられて、愛する家族にも被害が及んで……護れなかった…………」
この六年間、男は家族のために生きてきたんだろう。離れたくても離れられない。顔を隠し、森の奥に一人生きていたってところか……
「これから先も、貴方は迫害を受け続けるわ。残るにせよ進むにせよね。一生、森の中で隠れて生きていくか、力を身に付け、ランクを上げて、貴方のような悲しみを味わう人がいなくなるように生きていくか。選ぶのは貴方よ」
淡々と言い続けるうちに男の手は離れ、床に両手を付く。そして私を見た。
「…………君は選んだのか」
「隠れて暮らすのは楽かもしれない。でも、なぜ悪いことをしていない私が隠れる必要があるの? 一生、同じところに隠れて暮らしてはいけないわよ。人の目に怯えながら逃げ続ける生活なんて私には無理。それに私は強くならないと行けない理由もあったしね。実際、暗殺者に狙われたし」
胸元を直しながら答える。シャツの首元が伸びちゃった。
「そうか……」
小さな声で力なく、男は呟く。
「それで、どうするの?」
時間に余裕はない。この質問が最後になる。
「……俺は剣しか生きる道がない。冒険者を続ける」
男は立ち上がると、汚れた手と膝を払う。
「辛いわよ」
「わかっている。それと、すまなかった……まだ子供の君を乱暴に扱って。どうかしたか?」
目を丸くする私に男は不審そうな顔をする。
「……久し振りに子供扱いされたから、ちょっと吃驚したわ」
「なんだ、それは」
男は苦笑する。
「それじゃあ、行こうか。ところで、名前訊いてなかったわね。私はアルキア・ゲンジュ」
「俺は元神兵、キルテアだ。キルでいい」
「なら、私はアキでいいわ」
話はこれでおしまい。私は仕事に戻る。スライムが魔物を食べ尽くしたようで、かなりの数は減っている。地上に出て、五キロ範囲に探知魔法を展開するけど、捉えるのは小さな群れだけ。大きな群れはない。これなら、王都に戻ってもいいわね。
私はフードを深く被るとキルに言う。
「フードを深く被って。王都に戻るわ」
「いいのか?」
「半径五キロ圏内に、大きな群れはないからこれでいい」
キルがフードを被ったのを確認してから、私は魔法紙を燃やした。
応援ありがとうございます!
5
お気に入りに追加
268
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる