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第三章 スタンピードと神聖魔法
残酷で冷酷な現実を突き付ける
しおりを挟む「静かすぎる……」
独り言のような声が漏れた。表情は硬くて険しい。
理由は、クラリスの町が音一つしないから。
建物も破壊され、魔物が蹂躙したことは見れば明らかだった。それでも、ここまで静かすぎるのは変だわ。魔物の気配はしないけど、通り過ぎた後だから……
だけど、なにか違和感が残る――
感かな。でも、その感が大事なのは仕事柄わかっている。それが、私をこの場所に留めていた。探知魔法を地下にものばそうかな。そんなことを考え、展開しようとした時だった。
男が誰かの名前を叫び飛び出していこうとした。
私は男を蹴飛ばし止めた。
「動くな」
「邪魔をするな!! 頼む!! いかせてくれ!!」
男は怒り、そして必死に私に嘆願した。
「耳付いてる? 私は動くなって言ったよね。もし、勝手にいこうとしたら、実力行使する」
男にそう冷たく言い放っている間も、私は探知魔法を町全体に、地下にものばして探索していた。男はいかせない私を責め立てる。
「うるさいわね……」
そう低い声で言い捨てる。
……ん? 地下に反応がある。大きな塊? それしかない。大きな塊は……もしかして、スライム!? だとしたら――
特定したと同時に、私を無視して走り出そうとした男を蹴り飛ばした。男の身体が五メートルほど吹っ飛んだ。
私は今立っている場所から数メートル後ろに下がった。
「下からくるわよ!! 剣を構えなさい!!」
私は怒鳴るが、男は剣を構えることができずに、腹を押さえなが身体を起こそうとしていた。少し強く蹴りすぎたわね。
私が言い終わるかどうかのところで、足元から触手のようなものが、派手な音を立て突き出してきた。さっきまで、私たちがいた場所だ。
次に触手が襲ったのは、私が今いる場所。男の方は攻撃していない。ということは――
「そこを動くな!! スライムは音と振動に反応しているわ」
私は男に怒鳴ると、男は動きを止めた。動きを止める冷静さは残っていたようね。
地下にいるのは分かっているけど、直接見えないのは厄介だわ。なら、出てきてもらうかな。
風魔法で身体を宙に浮かせると、土魔法を使い地面を砂に変えた。そのせいで、砂が地下に滑り落ちポッカリと穴が空いた。その穴の中央に、五メートルぐらいの巨大な黒のスライムがいた。ウヨウヨと触手を出している。
「……やっぱり、スライムが合体したのね」
スライムは雑食。なんでも食べる。なんでもね……そして大きく成長する。魔沼が消滅し、魔素がなくなったから特に。魔物の気配がないのもスライムのせい。だから、こいつはここで絶対仕留めないといけない。仕留め損なうと、災害級になる可能性がある。
「止めろ!! ここで、スライムを攻撃したら、地下にいるやつが――」
「生きていると思うの。スライムが地下に侵入した時点で、地下に逃げた住人は喰われてるわ。慌てて地上に逃げ出した住人は、別の魔物に殺られている。その魔物もスライムに喰われたみたいね。探知魔法にも引っ掛からないし」
男の怒号を遮り答える。男はその場に力が抜けたように膝を付く。
「……嘘だ…………嘘だ……嘘だ!!」
絶望のあまり叫び出し地面を叩く男に反応して、スライムの触手が男にのびる。バチッ!! 私がかけてあった結界魔法が触手を弾いた。
私はそれを上空から一瞥すると、炎魔法の魔法陣を三つ展開した。魔法陣から炎の刃が無数に現れた。
「消えろ」
小さな声で言い放つと同時に、炎の刃は一斉にスライムに襲いかかった。スライムは奇声を上げ苦しみ、徐々に小さくなり消えていった。
スライムが消えてからポッカリと空いた穴に降り立つと、探知魔法で誰もいないのを確認する。生存者はいない。魔物の反応もゼロ。スライムが捕食したようね。だけど……
私は地下を進む。小さな部屋がいくつかあり、中には備蓄されていたと思う、食料や飲料が散乱していた。私はそれを横目で見ながら先に進む。そこには、身体が半分失った母子が死んでいた。必死で護ろうとしたんだろう、母親は子供を抱き締め庇っていた。
「………あっ、あ、あ~~~~!!」
背後に男の気配がしたと同時に、慟哭が地下に響いた。
たぶん、男が護ろうとしていた人だったのね。
「……神の元に返してあげよう」
正式に弔うことができない今、私がせめてできることは母子の身体を燃やし、弔いの祈りを捧げることだけ。
何度見ても慣れない光景に慟哭。
見る度に、聞く度に、胸が痛んで苦しくなる。高ランクになればなるほど、そういった場面に立ち会う頻度が増える。
救えなかった命。
切り捨てた命。
神じゃないのに、同じ人なのに、私たちは――
握った拳に力が入る。唇を噛み締める。それでも、立ち止まることは許されない。逃げ出すこともね。
「行くわよ」
私は跪いて慟哭している男に向かって言った。
「…………なぜ、平気なんだ?」
その問い掛けは私を責めていた。静かな怒りを感じる。当然だわ。
「平気なわけないでしょ。慣れたわけでもない。こんな光景、慣れるわけないでしょ。私ができるのは弔いの祈りを捧げることと忘れないことだけよ。ここに残りたければ残ればいい。なら、今すぐ私にギルドカードを渡しなさい」
私は男に現実を突き付ける。残酷で冷酷な現実を――
そして、促すの。どちらの道を歩むのかを。嘗て、私がそうしたように。
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