上 下
30 / 61
第三章 スタンピードと神聖魔法

残酷で冷酷な現実を突き付ける

しおりを挟む

「静かすぎる……」

 独り言のような声が漏れた。表情は硬くて険しい。

 理由は、クラリスの町が音一つしないから。

 建物も破壊され、魔物が蹂躙したことは見れば明らかだった。それでも、ここまで静かすぎるのは変だわ。魔物の気配はしないけど、通り過ぎた後だから……

 だけど、なにか違和感が残る――

 感かな。でも、その感が大事なのは仕事柄わかっている。それが、私をこの場所に留めていた。探知魔法を地下にものばそうかな。そんなことを考え、展開しようとした時だった。

 男が誰かの名前を叫び飛び出していこうとした。

 私は男を蹴飛ばし止めた。

「動くな」

「邪魔をするな!! 頼む!! いかせてくれ!!」

 男は怒り、そして必死に私に嘆願した。

「耳付いてる? 私は動くなって言ったよね。もし、勝手にいこうとしたら、実力行使する」

 男にそう冷たく言い放っている間も、私は探知魔法を町全体に、地下にものばして探索していた。男はいかせない私を責め立てる。

「うるさいわね……」

 そう低い声で言い捨てる。

 ……ん? 地下に反応がある。大きな塊? それしかない。大きな塊は……もしかして、スライム!? だとしたら――

 特定したと同時に、私を無視して走り出そうとした男を蹴り飛ばした。男の身体が五メートルほど吹っ飛んだ。

 私は今立っている場所から数メートル後ろに下がった。

「下からくるわよ!! 剣を構えなさい!!」

 私は怒鳴るが、男は剣を構えることができずに、腹を押さえなが身体を起こそうとしていた。少し強く蹴りすぎたわね。

 私が言い終わるかどうかのところで、足元から触手のようなものが、派手な音を立て突き出してきた。さっきまで、私たちがいた場所だ。

 次に触手が襲ったのは、私が今いる場所。男の方は攻撃していない。ということは――

「そこを動くな!! スライムは音と振動に反応しているわ」

 私は男に怒鳴ると、男は動きを止めた。動きを止める冷静さは残っていたようね。

 地下にいるのは分かっているけど、直接見えないのは厄介だわ。なら、出てきてもらうかな。

 風魔法で身体を宙に浮かせると、土魔法を使い地面を砂に変えた。そのせいで、砂が地下に滑り落ちポッカリと穴が空いた。その穴の中央に、五メートルぐらいの巨大な黒のスライムがいた。ウヨウヨと触手を出している。

「……やっぱり、スライムが合体したのね」

 スライムは雑食。なんでも食べる。なんでもね……そして大きく成長する。魔沼が消滅し、魔素がなくなったから特に。魔物の気配がないのもスライムのせい。だから、こいつはここで絶対仕留めないといけない。仕留め損なうと、災害級になる可能性がある。

「止めろ!! ここで、スライムを攻撃したら、地下にいるやつが――」

「生きていると思うの。スライムが地下に侵入した時点で、地下に逃げた住人は喰われてるわ。慌てて地上に逃げ出した住人は、別の魔物に殺られている。その魔物もスライムに喰われたみたいね。探知魔法にも引っ掛からないし」

 男の怒号を遮り答える。男はその場に力が抜けたように膝を付く。

「……嘘だ…………嘘だ……嘘だ!!」

 絶望のあまり叫び出し地面を叩く男に反応して、スライムの触手が男にのびる。バチッ!! 私がかけてあった結界魔法が触手を弾いた。

 私はそれを上空から一瞥すると、炎魔法の魔法陣を三つ展開した。魔法陣から炎の刃が無数に現れた。

「消えろ」

 小さな声で言い放つと同時に、炎の刃は一斉にスライムに襲いかかった。スライムは奇声を上げ苦しみ、徐々に小さくなり消えていった。

 スライムが消えてからポッカリと空いた穴に降り立つと、探知魔法で誰もいないのを確認する。生存者はいない。魔物の反応もゼロ。スライムが捕食したようね。だけど……

 私は地下を進む。小さな部屋がいくつかあり、中には備蓄されていたと思う、食料や飲料が散乱していた。私はそれを横目で見ながら先に進む。そこには、身体が半分失った母子が死んでいた。必死で護ろうとしたんだろう、母親は子供を抱き締め庇っていた。

「………あっ、あ、あ~~~~!!」

 背後に男の気配がしたと同時に、慟哭が地下に響いた。

 たぶん、男が護ろうとしていた人だったのね。

「……神の元に返してあげよう」

 正式に弔うことができない今、私がせめてできることは母子の身体を燃やし、弔いの祈りを捧げることだけ。

 何度見ても慣れない光景に慟哭。

 見る度に、聞く度に、胸が痛んで苦しくなる。高ランクになればなるほど、そういった場面に立ち会う頻度が増える。

 救えなかった命。

 切り捨てた命。

 神じゃないのに、同じ人なのに、私たちは――

 握った拳に力が入る。唇を噛み締める。それでも、立ち止まることは許されない。逃げ出すこともね。

「行くわよ」

 私は跪いて慟哭している男に向かって言った。

「…………なぜ、平気なんだ?」

 その問い掛けは私を責めていた。静かな怒りを感じる。当然だわ。

「平気なわけないでしょ。慣れたわけでもない。こんな光景、慣れるわけないでしょ。私ができるのは弔いの祈りを捧げることと忘れないことだけよ。ここに残りたければ残ればいい。なら、今すぐ私にギルドカードを渡しなさい」

 私は男に現実を突き付ける。残酷で冷酷な現実を――

 そして、促すの。どちらの道を歩むのかを。嘗て、私がそうしたように。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生した悪役令嬢の断罪

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:12,839pt お気に入り:1,659

皇女は隣国へ出張中

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:817pt お気に入り:49

私の役って一体何なんですか?

jun
恋愛 / 連載中 24h.ポイント:191pt お気に入り:448

【連載版】婚約破棄ならお早めに

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:37,376pt お気に入り:3,644

短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)

ホラー / 連載中 24h.ポイント:27,647pt お気に入り:67

愛する事はないと言ってくれ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,895pt お気に入り:205

貴方のために涙は流しません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:41,784pt お気に入り:2,796

処理中です...