婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

文字の大きさ
上 下
324 / 342
今度は学園外にアレが発生したようです

第七話 捕縛

しおりを挟む

 動きがあったのは、その日の明け方でした。

 明け方とはいえまだ暗く、あと一時間ほどで陽が上がり始めるだろう時間帯です。

 直ぐに軽装に着替え、身だしなみを整える時間も勿体もったいないので、自身にクリーン魔法を掛けます。

 人通りがない早朝とはいえ、道を走れば遠回りになります。なので身体強化の魔法を掛け、屋根沿いに移動することにしました。これで、かなり短縮できますわ。

「セリア様、荷馬車は裏城門に向かっているようです」

 隣にいるスミスからの報告に、私は激しい怒りを覚えました。思わず、「下郎が!!」と吐き捨てるほどに。

 監視を任せた者には、通信用の魔法具を持たせていますから、逐一連絡が入ってくるのです。

「なら、向かっているのは、間違いなく魔の森ですね」

 つまり、合格した従者を始末する気なのです。ボロボロなのは監禁し、拷問したから。でも、借りている宿では始末はできない。

 ならば、魔物に食わせればいい――

 あまりにも短絡的な発想ですわ。

 魔の森を監視し、魔物と相対している私たちにとって、それは許し難い行為なのです。一度人の味を覚えた魔物は、人を好んで襲うようになります。命懸けで魔物を討伐している私たちハンターや兵士の想いを、土足で踏みにじる行為なのです。

「はい。間違いありません」

 農民に化けた従者が、傷だらけの青年を乱暴に荷馬車に放り込んだと連絡を受けてから、さほど時間は経っておりません。

 私は途中で足を止め、報告を聞き指示を出します。

「裏城門の前で捕縛しますわ」

「「御意」」
 
 私の命は、そのまま荷馬車を監視している二人にも伝えられます。

「先回りします」

 そう告げると同時に、私の足元には魔法陣が現れ光りだします。場所が特定され、行ったことがある場所なら、転移魔法が使えます。

 裏城門に瞬時に移動した私たちは、城門を護る騎士の一人を騎士団に走らせました。

「間もなく来ます」

 報告に来た暗部に私は小さく頷きます。騎士に目をやれば、彼も小さく頷きました。

 私はローブを目深く被り、気配を消し闇にまぎれます。

 農民に化けた従者が御者する荷馬車が、裏城門前で止まります。通常この時間帯なら、ぎりぎり開いている時間帯です。簡単な検査だけで、街の外に出られると踏んでいたのでしょう。

 だけど、この日は開いていません。

 裏城門は固く締まり、騎士は「通行不可」と告げます。文句を言う、農民。

「理由を仰ってください、騎士様!! 商いに支障が出たら困るんです!!」

「ならば、私が答えてあげますわ」

 その台詞を合図に、騎士は従者を有無を言わさず捕縛。

 従者の目の前で、監視を頼んでいた暗部たちが、荷馬車に敷かれているわらをのけます。

「セリア様!!」

 駆け寄ると、瀕死状態の青年が横たわっていました。辛うじて息はあります。暗部たちに「決して死なせるな」と命じていたとはいえ、ホッと胸を撫で下ろします。

 私は青年に上級の治癒魔法を掛けます。そして、クリーン魔法を掛けました。念のために鑑定をし、きちんと治療できているか確認しました。

「大丈夫そうですね」

 青年は安らかな寝息を立てています。

 いくら治癒魔法で怪我や、内臓の損傷を治したとしても、失った血や疲れは治癒できません。こればかりは、休息しか治す方法はありませんの。

「彼を学園の保健室に。医師の手配はすんでいます」

 私は保護した青年を暗部に運ぶよう指示しました。それを見送った後、私は捕縛されている従者に視線を移します。

 よほど冷たい目をしていたのでしょう。目が合った瞬間、「ヒッ!!」と従者は悲鳴を上げました。

「――さて、学園の生徒を監禁した上、拷問し、動けなくなった者を魔の森に遺棄しようとした罪、決して軽くはありませんよ。例え、貴方がたの主が、友好国の王族の血を引く侯爵家の御子息でも、容赦はいたしません。肝に命じなさい」

 従者は今頃、ことの重さを理解したのでしょう。ガタガタと震えています。

「セリア皇女殿下」

 呼ばれ振り返ると、騎士団長と副団長が控えていました。

「事の次第は聞いていますね」

「はい」

「では、行きましょうか」

「セリア皇女殿下もでしょうか?」

「何か問題がありますか?」

 普通に訊き返しただけですが、騎士団長は緊張した面持ちで「いえ」と短く答えました。道すがら、私は騎士団長に指示を出します。

「調書は午前中までに仕上げてください。それを持って、皇帝陛下に報告します」

「畏まりました」

 移動すること、十分。私たちは彼が借りている高級宿屋に到着しました。騎士たち分散し配置に付きます。いつでも、乗り込めます。

「ねぇ、騎士団長、彼らは今どんな様子だと思います?」

「どういう意味でしょうか?」

 質問の意図がわからない騎士団長は、反対に訊き返してきました。面白みは欠けますが、実力と人望は飛び抜けています。信頼できる者ですわ。

「彼らは今、油断しきっているのでしょうね。酒に溺れての馬鹿騒ぎ。早朝なのに迷惑なこと。騒げるのは今のうちだけ……この後、待ってるのは地獄ですわ。馬鹿騒ぎの代わりに上げるのは、悲鳴でしょうね。では、お仕事をしましょうか」

 私の台詞を合図に、騎士たちは宿屋に飛び込みます。

 馬鹿騒ぎの声がすぐに消え、代わりに怒鳴り声と物が壊れる音が聞こえてきます。無事、捕縛が完了したようですね。

 捕縛された者たちが連行され、高級宿から出て来ました。そして、私の前で、騎士に肩を押さえられひざまずかされます。

 侯爵子息と伯爵家子息、あとは従者三人。計五人。取りこぼしはありませんね。


しおりを挟む
感想 775

あなたにおすすめの小説

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

妹のことを長年、放置していた両親があっさりと勘当したことには理由があったようですが、両親の思惑とは違う方に進んだようです

珠宮さくら
恋愛
シェイラは、妹のわがままに振り回される日々を送っていた。そんな妹を長年、放置していた両親があっさりと妹を勘当したことを不思議に思っていたら、ちゃんと理由があったようだ。 ※全3話。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。 だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。 全2話。

【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「アンジェリーナ・ナイトレイ。貴様との婚約を破棄し、我が国の聖女ミサキを害した罪で流刑に処す」 物語でよくある婚約破棄は、王族の信頼を揺るがした。婚約は王家と公爵家の契約であり、一方的な破棄はありえない。王子に腰を抱かれた聖女は、物語ではない現実の残酷さを突きつけられるのであった。 ★公爵令嬢目線 ★聖女目線、両方を掲載します。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 2023/01/11……カクヨム、恋愛週間 21位 2023/01/10……小説家になろう、日間恋愛異世界転生/転移 1位 2023/01/09……アルファポリス、HOT女性向け 28位 2023/01/09……エブリスタ、恋愛トレンド 28位 2023/01/08……完結

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。