婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

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お仕置きの時間です

第八話 殴打? それとも、魔法薬?

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「では、私は戻ります」

 砦にシオン様を送った私は、余計なことは言わずに、そのまま帰ろうと彼に背中を向けます。その背中に向かって、シオン様は「すまなかった……」と再度謝ってきました。

「……謝罪はいいと申したはず。残り十五日、耐えてくださいませ」

 私は振り返ることなく、そう告げると屋敷に戻りました。

 シオン様の声はとてもとても弱々しく、聞くだけで、私の胸は激しく痛みます。

 しかし、痛むからといって、シオン様に手を差し出すことなどできません。意地とかではなく、矜持でもなく、ただ……それは間違いだと、理解しているからです。

 端から見たら、私は可愛げのない、気位の高い娘だと思われていることでしょう。それとも、ただの子供ですか。我儘娘でしょうか……

 私が権力を行使し、無理矢理、シオン様を自分のものにしたっていう噂も消えていませんし……今回のことで、また再燃しましたね。溜め息が出ますわ。

 ごくごく一部ですが、そんな噂が流れていることは把握してますから。当然、誰が言っているのかも。

 こういう時、乙女ゲームとかほざいていたあの女たちは、可愛く甘えることができるのでしょうね。その点は天才でしたから。彼女たちが言う、悪役令嬢の私には、そんな芸当は始めからできませんし、やり方も知りません。

「……せめて、素直になれたらいいのですが」

 つい、そんなことをぼやいてしまいます。

 完全に、ないものねだりですね。

 自虐的な笑みを浮かべていると、背後から声がしました。

「お帰りなさいませ、セリア様」

「スミス、無茶をしてごめんなさい。シオン様のことなら大丈夫だから安心してくださいな。きちんと処理しましたから。ストーカー行為が止むかはわかりませんが、少しはマシにはなるでしょう」

「事務仕事をさぼらなければ、多少奇行に走っても構いません」

 相変わらず、シオン様にも容赦ないですね、スミスは。当の本人は、あれは奇行ではないのですけどね。シオン様なりの理由があってのことでしょう。

 竜族の習性ですね。

 でも、人族には、あれは完全に奇行だと受け取られますよね。というか、軽犯罪? 否定できないのが、また悲しいですわ。

「釘はきちんと刺したから、仕事はちゃんとこなしてくれると思いますよ」

「なら、結構です」

 スミスはどんな時でも変わらりませんね。

「スミス、ありがとう。さて、私も仕事をしますわ」

 ズル休みしてしまいましたからね。決済書とか、かなり溜まってることでしょう。

「いえ、セリア様は今日はゆっくりお休みください」

 まさか、スミスに寝るよう言われるとは思っていませんでしたわ。

「大丈夫ですよ?」

「今一度、ご自身の姿を鏡で見てください。かなり酷い様ですよ」

 その台詞が合図だったのか、侍女が私をお風呂へと強引に案内します。一人残された私は、鏡に映った自分を見ました。

「あ~確かに、これは止められますね」

 隈を何匹も飼ってますわ。それに、目も真っ赤でまぶたも腫れています。肌もカサカサですね。一気に十歳ほど老けた感じですわ。

 まぁ……ろくに寝ていないのだから、無理もありませんね。あの時、顔を伏せていて正解でしたわ。こんな顔、シオン様には絶対見せれませんもの。

 お風呂にゆったりと浸かることも、最近はなかったですね。温かい……落ちてしまいそう。あ……だめですわ。

「…………セリア」

 遠くで、私の名を呼ぶ声がします。答えたくても、今の私には無理でした。



「……あれ? 私、いつの間にベッドに?」

 お風呂に入ってからの記憶がありませんわ。無意識に自分で寝間着を着て寝たのかしら。

 だったら、あの声は……

「おはようございます、セリア様」

「おはよう。誰が運んでくれましたの?」 

 ここは侍女に訊くのが一番ですよね。

 私はこの直後、とてもとても後悔することになるの。

 嘘……

 あ~駄目ですわ。立ち直れない。まさか、こんな貧相で、且つボロボロ状態の私の裸を、一番見られたくない人に見られるなんて!! 

 頭を殴って、強制的に記憶をなくしましょうか。それとも、魔法薬を使って記憶を改ざんしましょうか。魔法薬の方が確実ですね。早速、注文しないと。

 あっ、その前に、魔法具を回収しないと。だって、シオン様は転移魔法は使えないはず。でもあれは、一度しか使えないものですよね!? えっ、もしかして使えるようになったの!?

「そんな危ないもの、注文いたしませんよ。あと、転移魔法というのか……特定の条件下でのみ、転移ができるようになったと申しておりました」

 口に出していたようで、呆れ顔のスミスに問答無用で却下されましたわ。でも、特定の条件下ってなんですの?

「特定の条件下っていったい……」

「セリア様のいる場所限定のようですね」

「はぁ!?」

 えっ!? 何!? そんなこと聞いたことありませんわ!!

「竜族は番の居場所を遠くにいてもわかると聞きますから、あり得ない話ではありません」

 そう言われると、納得してしまう自分が怖いですわ。

 とりあえず、その件は後から考えるとして、やっぱり殴るしかありませんよね。闇討ちでもしましょうか。かなり、ハイリスクですが……

「勝てないのに襲うのですか? かえって、褒美になりませんか?」

 そう言われた瞬間、背中がゾワッとしました。そうね……止めるしかないですね。

 今はお仕置き中、褒美を与えることはできませんから。

 次の日から、私は恥ずかしくて、徹底的にシオン様を徹底的に避けるようになりました。



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