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お仕置きの時間です
第四話 悪手と言われました
しおりを挟むいらぬ発言や失敗をして、あとで後悔することは、これまで多だありました。その度に、次からは気を付け、同じ失敗を繰り返さないように、勉強し鍛えてまいりました。
しかし今回は、それらとは比べられないほどの後悔が押し寄せてきます。
あまりにも、感情的になりすぎました……
「…………取り返しのつかないことをしてしまいましたわ……」
反射的とはいえ、私はシオン様の手を払い除けてしまいました。
その時の、シオン様の顔が脳裏から離れません。
驚愕と悲しみ、そして喪失感――
あそこまで、瞬時に人の表情が消えるのを、私は今まで見たことはありませんでした。
最悪なことに、私は間近でそれを見て、怖いと思ってしまったのです。そして、そのまま逃げ出してしまいました。
何もかも放り出して。
「……そこで、キノコを生やしても、何も変わらないぞ」
部屋の隅で、自己嫌悪からブツブツと呟いている私に、お祖父様が声を掛けてきます。
「でも、セリアの気持ちもわからなくはないわ。指輪を買う予定だったお店に、セリアより先に別の女を連れて行ったあげく、指輪を買ってあげたのでしょう。最低だわ」
「確かにそうだが……手を払い除けて、逃げ出したのは悪手だったな」
お祖父様がそう言うと、お祖母様が不愉快そうに言いました。
「あら、貴方は馬鹿孫の味方ですか?」
矛先が自分に向いたことに焦ったお祖父様が、お祖母様に必死に弁明します。
「味方というわけじゃない。ただ……番に拒否された竜族は下手したら狂うことがある。我はそれを心配しているのだ」
……狂う……今、狂うと言いましたか?
私はゆっくりと、後ろを振り返ります。
「セリア、竜族が何故、異種族の番に自分の命を分け与えると思う? それは、我ら竜族は番を失うことに耐え切れぬからよ。我が、何故ここに居を構えたのか……あの魔女と、お前たちに頼んだことを忘れたのか?」
頼んだこと……
それは、お祖母様がこの世を去った時、嘆き苦しんだお祖父様が狂い闇竜になるのを阻止するため。
全身の血が引いていくのを感じました。手が震えてきます。私は両手を強く握り締め耐えます。
「……シオン様も狂うと仰りたいのですか? 闇に堕ちると」
なんとか発した声は弱々しく、震え、乾いたものでした。
「あくまで、可能性の話だ。もしそうなった時、セリア、お前はどうする?」
お祖父様は真っ直ぐに私を見詰め、静かに問い掛けてきます。虚栄も嘘も通用しないその目に、私は目を逸らしそうになりました。
それこそ、悪手です。
ここは、絶対に逸らしてはいけない、逃げてはいけない場面なのだから。
「…………私が、シオン様を止めますわ」
なんとしても、何があっても、私が止めてみせますわ。
「実力差があってもか? お前は、番に自分を殺させるのか?」
「貴方!!」
非情な物言いに、黙って聞いていたお祖母様がお祖父様を咎めます。でもそれは、お祖父様なりの優しさだと、私は知っています。
その台詞を聞いて、私は竜族の習性を、つくづく甘く考えていたのだと思い知りました。と同時に、改めて覚悟ができましたわ。
ほんと、馬鹿ですね。何度も覚悟を決めているなんて。それもこれも、全て自分の甘さのせい。
「……ご安心ください、お祖父様、お祖母様。その時は、最後の力を振り絞って道連れにしますから」
決して褒められた台詞ではなく、にっこりと微笑んで言う台詞でもありませんね。それでも、これが私の本心ですわ。
「そうか……」
安心したのか、お祖父様の声が柔らかくなります。お祖母様は呆れているようですね。
私でも呆れますもの。
どうして、そこまで一人の男性を深く愛しているのか――執着し固執するのか、正直、自分でもわかりません。
でも、私はシオン様を愛しています。
その感情は、恋愛小説や演劇などで語られるような綺麗なものではありません。
濃くて、ドロドロとした醜い感情。
その醜さが、私にはとても大切で、愛おしくて仕方がないのです。
「お祖父様、お祖母様、私帰りますわ。お仕置きは継続しますが、きちんと向き合い、手を払い除けたことを謝ります」
「お仕置きは継続するのか……」
「当然ですわ。これはこれ。それはそれです」
私はお祖父様とお祖母様に頭を下げてから、転移魔法で屋敷に戻って来ました。
屋敷は静まり返っています。
「セリア様、おかえりなさいませ」
いつもと同じように、スーと現れたスミスが出迎えてくれました。しかし、どこか違和感を感じます。
「何かありましたか?」
「実は……シオン様が行方不明なのです。魔の森に向かったまでは確認できておりますが、おそらく、深淵部に向かっているのではないかと……」
「そう」
私は短くそう答えると、自分の部屋に戻り着替えました。さすがに、ドレスでは潜れませんからね。
成人する前に、シオン様に着るのを止めるように言われた戦闘服ですわ。軽量化と動き易さを考えたもので、ズボン丈が膝上までしかありませんの。上着の丈も短くなっていますわ。だけど、防御力は高くて胸当てなどの防具を装備しなくても十分いけます。
「スミス、これから、シオン様を迎えに行きます。あとは任せましたよ」
「……畏まりました」
たぶん、一緒に来るつもりだったのでしょう。
でも、ここから先は夫婦の時間ですわ。
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