婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

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貴方がそれを望むのなら

第十六話 予期せぬ先客

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 招待していたはずのお客様よりも早く、予期せぬ方が先に屋敷を訪れました。屋敷内の空気がピリピリとしています。

 パーティーの前余興にしては、重苦しいものになりそうですわ。

 でも、先送りにできない問題です。どんな結果になろうとも、目を背けることはできませんわ。

「……前に私が渡しておいた魔法紙を使ったのですか? シオン様」

 以前、私はシオン様に転移魔法陣を刻んでいた魔法紙を渡していました。緊急用ではなく、プライベートとして。

 ようは、いつでも会いにきてくださいね。という気持ちを込めて作ったものですわ。まさか、こんな形で使われるようになるとは、あの時の私は思いもしなかったでしょうね。

「一刻も早く、セリアに会わなければいけないからな」

 焦燥と絶望、そしてわずかに残った希望。

 今、シオン様の胸中に占める感情は、そのような感じでしょうね。濁っていた目の光も戻り、以前と同じ目をしています。

 私が好きで、独り占めにしたかった目ですわ。

「なんのために? あの雌猫の命乞いですか? それとも、婚姻前に妾を囲いたいと願いにきたのですか? なら、答えは言いましたよ。貴方の望むようになさればよろしいと……な――」

 なので、ことがすんだ後自由になさるとよいでしょうと、続けようとしたのに、シオン様に遮られてしまいました。

「違う!! そんなことなど、望んではいない!!」

 長い付き合いです。シオン様が嘘を申していないことぐらいわかります。それでも、私以外に自分の横に雌猫を置いていたのは事実。

 真実よりも、事実の方が重いのですよ。

「口では、いくらでもそう言えますよね」

「セリア!!」

「調べはついていますよ。貴方が雌猫に対しやましい行為は何一つしていないことは……ハンター時代の親友の子だと信じ込まされていたのでしょ。そして、死んだ父親の死を受け入れられずに、自分のことを父親と錯覚している哀れな孤児。雌猫が描いた設定はこうでしたね。事実、貴方の親友は一人娘を失い死んでいます。状況も雌猫の証言通り。いずれは、然るべき病院で療養させるつもりだったことも、承知していますわ」

 シオン様は騙されただけ。それも巧妙な餌のせいで。いわば、彼も被害者なのでしょう。善意につけ込まれただけの。一応、確認もとっていますしね。

 だとしても、簡単に許すことなどできません。私の心の大きさなど関係なく。

「俺が全面的に悪い……言い訳などしない。ただ、セリアに相談すればよかった。そうすれば、これほど大事にならずにすんだ」

 大柄で、私より二十七歳も年上の男が項垂れています。

 それはまさに、視界の暴力ですわ!! あらゆる角度から魔法具でシオン様を撮りたい!! あ~心の声が漏れそうですわ。

 スミスが背後で咳払いしてくれたおかげで、どうにか外に漏れずにすみましたわ。

「そうですね。もし相談いただければ、巧妙な罠にいち早く気付けたかしれませんね。そして、コンフォート皇国の危機を、いち早く遠ざけることができたでしょう」

 シオン様は事の顛末を聞いているようです。おおかた、お母様でしょう。なので、私が言おうとしている意味を、正確に把握しています。

「すまない、としか言えない」

「許してくれ、と嘆願なされないのですね」

 どうか、嘆願しないと仰ってください。

「嘆願などしない。それは違う。俺の甘さから、とんだ間違いを犯してしまった。それは事実。事実は真実より重い」

 事実は真実より重いですか……

 嬉しさで、顔が緩みそうですわ。再度、スミスが咳払いします。わかっていますよ、表情を崩したりはしません。

「ならば、その働きで罪をあがないなさい。それまでは、この屋敷への立ち入りを禁じます」

 私はシオン様にそう告げると、砦に送還を命じました。スミスが付き添うので問題ないでしょう。念のために、例の魔法紙はスミスに回収させました。緊急用が別にあるので、特に問題ありません。

 甘い判断だと非難されそうですが、その方がシオン様には身に沁みて辛いはずですからね。そこそこ、キツイ処罰だと思いますよ。だって、刑の長さは決めていませんし。

 じっくり反省してください、シオン様。

 私がそう宣言してから五分後、スミスが戻ってきました。私は魔法紙を受け取り、スミスに渡します。側近の者には、みな渡していますから。

「とことん、コンフォ様には甘いですね、セリア様は」

 スミスが言おうとしている意味が伝わって、苦笑が漏れます。
 
 それとは別に、この件に関して、スミスはかなり怒っているようですね。呼び方がシオン様ではなく、コンフォ様になっていますもの。

「だって、見せたくはないでしょう。騙されたとはいえ、いっときは、自分を親だと思っていた娘の最後など」

「その気持ちはわかりますが……あまりにも、セリア様の負担が大きすぎますね」

 その言葉で、私の心は少しは軽くなります。

「しかたありませんわ。私は、このコンフォート皇国の第一皇女ですから。スミス」

「承知しております。丁重に、おもてなしさせていただきます」

 そう私に告げるとスミスは消えました。屋敷の者総出のおもてなしですからね、長がいなくては締まりませんもの。

 さぁ早く、私にその顔を見せてくださいな、雌猫さん。
 



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