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貴方がそれを望むのなら
第二話 失う怖さを知ってしまったからですね
しおりを挟む集中できる仕事があるってことが、とても助けになったのは今回が初めてです。一時でもシオン様のことを考えずにすむから。それに、自分に対しての、都合のいい言い訳にもなりますからね。
「――それで、あの女の素性はわかりましたか?」
戻ってきたスミスに一応尋ねました。様式に近いですね。スミスに調べられないものはありませんから。なのに、返ってきた返答は――
「それが、わかりませんでした」
「……わからない?」
あの、スミスが!?
今まで彼の口から、その言葉を聞いたことがなかった私は驚きで、仕事の手が止まってしまいましたわ。あんぐりと開いたした目でスミスを凝視します。
「はい。突然町に現れ、そして、自然にコンフォート様の傍にいるとのこと。あの娘がハンターギルドに提出した書類は、すべて嘘でした」
ハンターギルドに登録するための書類に関して、嘘の記載は許されていない。犯罪者が登録しないためですわ。そもそも、嘘の記載ができないよう魔紙を使用しているのに……別の問題も出てきましたわね。
「名前も?」
「一応、リーナと名乗ってはいますが、それもおそらく」
「なぜ、嘘だと?」
「記載されてあった出身地に行き、戸籍を確認しました。どこかの貴族の庶子かもしれないと思い、教会にも確認しましたが、一度も訪れておりません。あと、村人にも話を訊きましたが、誰一人、娘のことを知る者はいませんでした」
義務付けされた戸籍が存在せず。スキル鑑定のために教会にも訪れていない。村の者も知らない……でも、魔紙に記載はされている。
謎過ぎて、言葉が見つかりませんわ。でも、確実に言えることは、そんな正体不明な者がシオン様にやすやすと近付けたことです。一応、婚約者になった時点で、あらゆることを想定して対策をとってはいます。
それが正常に機能していれば、魅了魔法や精神に働きかけるスキルではないことになります。
だとしたら――シオン様の意思で許したことになりますね。
「……スミス、数人部下を連れて、再度似顔絵を持って村人に確認を。周囲の集落や村にも手を広げなさい」
これは大事なこと。念には念をいれておかなくてはいけない。私事だけではないのだから。
「畏まりました。あとの者は?」
「なにもしなくていいわ。監視もいつも通りで構いません」
その言葉に周囲はザワつきます。すぐに、スミスに睨まれて静まったけど。
「よろしいのですか?」
スミスの問いに私は頷きます。
「ええ。魔紙に嘘の申告ができるなんて、ふつうでは考えられませんわ。そのような相手に、こちら側からちょっかいをかけるのは危険ですからね。とはいえ、放置もできません。ならば、妻として、私が直接会いに行きましょうか。その方が自然ですからね」
私の目で直接確認してあげますわ。クスリと黒い笑みが浮かびます。
「もちろん、コンフォート様には……」
「一切、気取られないように。ここでの話も他言無用で」
「畏まりました」
スミスは軽く頭を下げると、数名の侍女と一緒に退出しました。
ホゥと小さく息を吐き出します。色々ありすぎて、完全に許容範囲が超えてますわ。だとしても、私が対処しなければならない問題ですね。
消しても消しても、脳裏に浮かぶのは、宝石店での二人の楽しそうな様子。今日も、眠りが浅くなりそうね。
そんな私の様子を間近で見ていた侍女が、気持ちが少しでも落ち着くようにと、はちみつをたくさん入れたホットミルクを持ってきてくれました。
「ありがとう」
受け取り、飲んでいる私に、言い難そうに侍女は報告してきました。
「……セリア様、コンフォート様は今晩、砦に泊まるとのことです」
今日は当直ではありません。魔物の繁殖時期でもありません。魔森に異常があったという報告は受けていません。なら、それ以外の理由で泊まる理由があったということ。
それは、どんな理由ですか?
「…………わかりました」
それ以外、答えようはありませんね。
結婚したとはいえ、式をあげてはいないので、夜にシオン様の寝所に行くことは、お母様とお父様に禁止されています。
行って、この目で確かめたい。
でももし、あの女が寝所にいたのを目撃したら、私はたぶん、キレて我を忘れて暴れてしまいますね。
以前の私なら、猪突猛進なところがあったのに、今はとんだ腑抜けになってしまいましたわ。シオン様のことだけ。
たぶんそれは……失う怖さを知ってしまったからですね。
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