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2巻
2-1
しおりを挟むプロローグ 婚約破棄のその後
久し振りの里帰りですわ。プライベートではなく仕事ですけどね。
古今東西、王族、皇族に籍を置く者が暇を持て余すことなどありません。
現に、私も毎日駆けずり回っています。
学園の理事長としての学園内の後始末に、コニック領主の仕事や魔物の討伐。なので、学園に来ていても授業に出られない日々が続いてます。大好きな魔法具の製作もできなくて、ストレスが溜まる一方ですわ。親友のリーファとのお茶の時間も取れませんし、新作ケーキも食べられていません。あ~発散したい。
元々コニック領は、我がコンフォート皇国の領地ではなく、グリフィード王国の領地でした。
けれど、グリフィード王国の第二王子が自分を過大評価しすぎて、あろうことか同盟国であるコンフォート皇国皇女である私とセフィーロ王国の公爵令嬢であるリーファを、第一王子の暗殺犯に仕立てあげようとしたのです。馬鹿の極みですね。
結果、同盟は凍結。
戦争を起こさない代わりに賠償として、コニック領を貰い受けました。多額の賠償金付きです。これだけで終わらせてあげた私たちは、とても良心的ですよね。
そしてなぜか、私が領主を任されました。正確に言うと人手がないという理由で押し付けられましたの、お父様に。小国なので仕方はありませんが、内心は複雑ですね。
コニック領主が学園の理事長を兼任するらしく、おまけにその座も付いてきました。できれば即座に返却したかったのですが、残念ながらできませんでした。私はまだ学生で成人前なのに……
幸いにも私にはとても優秀な執事に従者、侍女がいますから、慣れないことに四苦八苦しながらコニック領主の仕事はなんとかこなせていますし、魔物討伐はストレス解消にもってこいなので苦にはなりませんわ。
一番頭を悩ませるのが学園内の運営と後始末。後始末の方もようやく片が付きましたので、今日は皇帝であるお父様にその報告に参りましたの。
「陛下。これが、学院とエレノアの件についての報告書ですわ」
あら、今日はリムお兄様も宰相様もいらっしゃらないのね。残念ですわ。
一応、報告に来る前にある程度の経緯は手紙で報告していましたが、それでは詳細などは伝わりません。なので、後々役に立つための資料として【モドキ】の報告書を作成しました。【モドキ】の資料は残されていませんから。
「……それにしても、【モドキ】とはな」
わざとらしい。頭のどこかで、その可能性があると考えていたでしょう。
「私も初めて知りましたわ。魂だけ界を渡り現地人に憑依する。そんな存在がいるとは思いませんでしたわ」
「俺も実際にその目で見たことはないがな」
「稀な存在だと、【落ち人】であるお母様から聞きましたわ」
「そもそも、【落ち人】自体が少ないんだ。当然だろう」
「確かにそうですわね」
「それで、エレノア嬢は目を覚ましたのか?」
「いいえ。残念ながら、まだ……身柄はお母様が保護していますので、心配いりませんわ」
この世界最強の魔道師が保護してますもの、なにがあっても大丈夫ですわ。
「……そうだな」
お父様にしては歯切れが悪いですわね。お母様が心配ですか。
その気持ちわかりますわ。とても痛い人ですが、【モドキ】は故郷を思い出させる存在ですもの。お母様を溺愛しているお父様にとっては複雑ですわね。
「そうそう。一つ、お父様にお伺いしたいことがあったのですが、訊いてもよろしいですか?」
ここからはプライベートなので、呼び方を変えますわ。
「なんだ?」
「エレノア様はお父様のお子ですか?」
そう尋ねた瞬間、盛大に顔を歪められました。人様に見せられる顔ではありませんね。文官なら腰を抜かしてしまうほどですわ。当然、機嫌も急降下。
「あぁ? そんなわけあるか」
「違うのですね?」
「違うに決まってるだろーが」
言葉遣いも雑になっていますね。
そもそも初めから疑ってはいません。娘である私が引くぐらいお母様を溺愛していますから。
「念のための確認ですわ」
「ならいい」
少し機嫌が回復しましたね。
「でもある意味、よかったのではありませんか? お母様と二人でゆっくりと時間を過ごされたと聞きました」
三日間、執務を休まれたのでしょ。少しお母様がおやつれになるまで話されたかと。
「まぁな」
あのお父様が照れています。凝視してしまう私を、お父様は軽く睨み付けてきました。
わかりましたわ。この話はここまでにしておきましょう。
「……ところで、お父様。今回の件で疑問に感じたことがあるのですが」
「なんだ?」
「【モドキ】が話していた乙女ゲームという玩具の物語ですが……あまりにも、こちら側の情報に精通していると思いませんか?」
私の名前ももちろんですが、婚約破棄も【モドキ】は知っていました。私の婚約者候補である、セフィーロ王国第三王子ユリウス殿下とリーファの双子の弟レイファ様のことも。
なによりもお母様の二つ名、【黒炎の魔女】を知っていました。
なぜか私が家族にも婚約者にも嫌われて、婚約破棄された挙句、コンフォ伯爵家に追放される悪役令嬢と罵られましたが。
「……確かにな。あくまで想像だが、逆もありえないか?」
お父様は神妙な表情をしながら答えます。
「逆? つまり、この世界の人間があちらの世界に落ちたということですね」
「ああ。そうとしか考えられないだろ。確かめる術はないがな」
そうですね、それしか考えられませんね。お父様の考えに賛成ですわ。
それに、お母様がなにも言わないところを見ると、まず間違いないでしょう。
「私たちに近い立場にいた人間になりますわね。魔力量が多くて、かつ過去、現在、未来を視ることができると言われている【時魔法】の使い手。自ずと導き出せますね」
「それ以上言うな」
お父様も同じ人物を思い浮かべていますね。妙に疲れた表情をしていらっしゃるもの。
まぁ、生きているとわかっただけでも御の字です。ですが人騒がせにもほどがありますわ。もし戻ってきたら、お母様にきつく叱ってもらわないといけませんね。それもきっちりと、徹底的に。
そんなことを考えていると、自然と笑みが浮かびますわ。
見れば、お父様も笑っています。私と同様の黒い笑みですね。
後から聞いた話ですが、実はこの時、執務室の扉の外に宰相様とお兄様、それに文官がいたらしく、執務室に入らずにそのまま散開したそうです。近衛騎士もノックするのをためらったそうです。
そんな私がお父様の子でないなんて考えられませんわ。十人中十人が否定しますね。
ひとしきり笑った後、お父様はもう一つの案件について切り出しました。
「それで、例の件は進展しているのか?」
やっぱりきましたわね。
「その件なら、来年まで猶予がありますわ。心配なさらないでくださいませ」
なので、これ以上は訊かないでくださいねとそう続けて言いたかったのですが、言ったら言ったで面倒くさいことになりそうなのでやめました。絶対、いろいろ裏で画策されそうです。
例えば、婚約者候補を全員集めてのパーティーとか……
ほかの淑女の皆様は好んで出席しているようですが、パーティーなんて好き好んで出席するものではありませんわ。
コルセットを内蔵が口から出そうになるまで締めあげ、高いハイヒールを履いて長時間立っているなんて、私から言えば猛者ですわ、猛者。耐えられません。それなら、魔の森で三日風呂なしでいる方が断然マシです。
「まぁ、来年まで猶予があるから好きにしろ。それまでに決まらなかった時は、わかっているな」
「念を押さなくてもわかっておりますわ」
その時は、お父様が決めた方と婚約しますわ。
「忘れているようだが、あの二人も一応候補だからな」
あの二人というのはアーク隊長とルーク隊長ですね。どちらも、コンフォ伯爵家の方です。そして、私とは家族のような間柄。気心が知れているので特に問題はありませんが……
「その件ですが、お母様とスミスが猛反対していますの」
スミスは私の筆頭執事の名前です。スミスが暗部から退く時に私が名付けました。
「どうしてだ?」
お母様という単語にピクリと眉が動いていますわ、お父様。
「それは……」
まったくそうは思ってはいませんが、私の口からはちょっと言いにくいですね。お母様とスミスの目には、あの二人が危ない人に映っているようです。少し乱暴で、少しスキンシップが激しいだけですのに。
「決まってるでしょ。セリアが不幸になるからよ」
口を濁していると答えたのはお母様でした。
いきなり現れるの、本当にやめてもらえませんか。
「お母様、また隠れて話を聞いていましたね」
そうでなければ、こんなにタイミングよく登場はできませんわ。
「別にそんなこと、どうでもいいじゃない」
いつもと同じようにお母様はあっけらかんと答えました。
だけど、そういうわけにはいきません。
「よくありませんよ、お母様。ここは執務室ですよ。お母様だから聞き耳をたてられたのでしょうけど、ほかの者であれば大変なことになりますわ。今一度、皇宮の警備と結界、魔法具の点検をしませんと」
仕事を増やしてくれましたね、お母様。
「セリア、怖~い」
その歳で単語を伸ばすのは不愉快なのでやめてください。それにかなり痛くはありませんか。
「セリア、後で訓練所ね」
目が笑っていませんわ、お母様。間違ったことは言っていませんが、完全に地雷を踏みました。
「その前に、お母様にも手伝ってもらいますわ」
「え~」
かわい子ぶっても駄目です。
「え~じゃないです。それに、語尾伸ばさないでくださいませ。【モドキ】を思い出しますから」
「今日のセリア、機嫌わ・る・い」
今度は語尾を上げてきましたか。ウザさが倍増ですわ。
「それで、セリアが不幸になるとはどういう意味だ?」
戻してきましたわね、お父様。できればそのまま忘れていてほしかったですわ。
「だってあそこの兄妹、全員病んでるからね。監禁コースまっしぐらよ。まず間違いなく、結婚したら、魔力封じの魔法具を知らないうちに付けられて、軽く体調を崩すような毒を盛られて監禁されるわ」
「いや、そこまではさすがにしないだろ」
お父様はお母様の言い分に苦笑します。そこまでって、完全には否定しないんですね。
「するわ。絶対するに決まってる!!」
「そこまで危なくはないだろ」
これって擁護してませんよね。
「いい。もしセリアをあの兄弟に嫁がせようとしたら、今度こそ貴方と離婚する。そして、二度と貴方の前に現れないわ」
「なっ!! ちょっと待て!!」
お母様の離婚宣言に焦ったのはお父様。
「なにを待つの?」
お母様、声が低いです。心なしか、室内の温度が下がった気がします。圧がすごいですわ。脅しにかかってますね。
「グッ。選ぶか選ばないかは別として、今ここで二人を外すわけにはいかない」
政治的な面からみて当然ですわね。
「外さないの?」
さらに、お母様の声が低くなります。圧も同じように増していますわ。
「できない」
普通の方ならとうに屈してますわね。
「そう……なら、仕方ないわね」
お母様はにんまりと笑います。嫌な予感が胸をよぎりました。
「お母様。もし、隊長たちになにかしようとお考えでしたら、私が許しませんわ。隊長たちは私にとって家族です。その大切な家族に手を出すなら、この私が立ち塞がりますわ」
「……本当の家族を敵にまわしても?」
お母様の声が少し震えているように感じたのは私だけでしょうか。
「ええ。お母様が、私の身を案じて言ってくれてることは心から嬉しいですわ。……仮に、隊長たちがお母様が言う危ない性格だとしても関係ありません。だって、私の人生の半分は彼らと一緒だったのですよ」
お母様ではなく。
「セリア、そこまでにしなさい」
お父様の厳しい声にハッとします。
「……わかったわ。好きにしなさい」
お母様は俯いたまま、消えるような小さな声で言い放つと、執務室から姿を消しました。
第一章 新しい婚約者候補は
先ほどは少し言いすぎました。後悔しています。
でも、今回はお母様が全面的に悪いですわ。本気でアーク隊長とルーク隊長を排除しようと考えたから、私は冷静さが欠いてしまった。
お母様が私たち兄妹をこの手で育てたかったことも、家族を神聖視していたことも知っている。もう少し、お母様の気持ちに配慮した言い方をすればよかった。
回廊を歩く足も重く感じます。そんな時、知った声が私を呼び止めました。
「おっ、セリアじゃないか。なに、辛気臭い顔をして、どうした?」
隣の薬草園からです。そこには見知った大柄の男性が手を上げ立っていました。
「シオン大隊長~」
思わず抱き付いてしまいましたわ。淑女の頂点である私が、取るべき態度ではありません。
ですが、今回だけは許してください。
「どうした?」
よしよしと頭を撫でてくれます。小さい頃からそうでした。
私が傷付いたり、困っていたりすると、いつもどこからともなくやって来て慰めてくれました。
癖なのか、頭を撫でるこの温かい大きな手が、今も大好きです。
「大隊長こそどうしたのですか?」
腰に抱き付いたまま尋ねます。
「例の学校の件でな」
「学校の件? もしかして、養成場のことですか?」
学園が手に入ったので、途中で頓挫した件ですね。
「グリフィードの第二王子のおかげで、学園をコンフォート直轄にできただろ。実際、進学するとしても、学園のレベルはかなり高いしな。今の学院のやつらに合格は正直難しいだろ。座学は学院でなんとか底上げできるとしても、実技はどうしようもないしな。だから、受験生のために以前考えていたハンター養成所を、入学前の学校として創ったらどうかと思ってな」
学園と学院でレベルは雲泥の差。確かに、今の学院に通っている人たちが学園の入学試験を受けても、まず合格しないでしょうね。
「それだけじゃもったいないですわ。ついでにハンターを育成しませんか? 学園の生徒の大半はハンター資格を持っていますもの」
「おっ、それはいいな」
大隊長は乗り気です。なんだか楽しくなってきましたわ。
「領地が広がりましたから。特に、魔の森に接している場所が。なので、ハンターの養成は必須ですわ。力が余った若者を鍛えてハンターにすればいいのです。就業率もグンッと上がりますわ。徴収する税も多くなりますわね。進学するお金も同時に稼げますし、学園のレベルが下がることもない。一石三鳥ですわ」
楽しくなって笑う私を、大隊長は優しい目で見下ろして微笑みます。
ドクン――
激しく波打つ鼓動。
小さな頃から見てきた表情なのに、なぜか顔が熱くなってきました。抱き付いていた手を離します。戸惑う私に、大隊長は気付きません。そのことにホッと胸を撫で下ろします。
「やっぱり、セリアに相談するのが一番だな」
ニカッと笑う大隊長。
大隊長は実の親よりも私をよく知っています。なので、私の扱いにも長けています。今回も簡単に気持ちを浮上させてくれました。
だからかな、他人には言いにくいことも言える。それがプライベートでも。
「……大隊長。私、お母様に酷いことを言ってしまいました」
「どうして、そんなことを言ったのか訊いてもいいか?」
内容が内容だけに、躊躇しましたが話すことにしました。それに大隊長なら、隊長たちについて私より深く知っていますもの。
「アーク隊長とルーク隊長を婚約者候補から外すように、お母様がお父様に進言したからですわ。それをお父様が反対して。なら、潰そうとお母様が……」
「アークとルークがなにか粗相でもしたのか?」
隣で大隊長が考え込みます。
「いえ、アーク隊長もルーク隊長もなにもしておりません」
そこは、きちんと否定しとかないといけませんわ。
「なら、どうしてだ?」
「……とても言いにくいことなんですが、結婚したら私が監禁されてしまうと。弱い毒を盛られて、家から出られなくするかもしれないから、絶対反対だと。そんなことないですよね!! ほんと、お母様もスミスもなにを心配しているのか。お父様もきっぱり否定しなかったんですよ。酷いと思いませんか!? ……大隊長?」
逞しい体躯の大隊長がピクリとも動きません。
「大隊長!! なに、硬直しているのですか? 突拍子もないことを言われて思考が停止したのですね。そうでしょう、そうでしょう。ほんと、皆過保護すぎるのです」
「いえ、そういう理由で硬直しているのではありせんよ、セリア様。事実を明かされて硬直しているのです」
音もなく現れたスミスが代わりに答えてくれました。
「本当ですか? 大隊長」
「すまない、セリア。不甲斐ない父親で」
肩を落とす大隊長に、スミスが容赦なく爆弾を投下しました。
「だから、言ったではありませんか。アーク隊長とルーク隊長はかなり変わった嗜好の持ち主だと。ちなみにユナ隊長も変わっていますから、くれぐれもご注意を。よろしいですね、セリア様」
「……大隊長。一つお聞きしてもよろしいですか?」
アーク隊長とルーク隊長、そしてユナ隊長が変わった嗜好の持ち主だということは理解できましたわ。同性のユナ隊長もとスミスから告げられて、少し、いえ、かなり引きましたが。
でも、それも一つの個性と思えばいいのです。とはいえ、確認すべきことがあります。
「なんだ?」
可哀想に思えるほどの精神的ダメージを受けていらっしゃいますね。なんせ、子供が全員そうらしいですから。
でも、それを加味しても優秀すぎる方たちなので、そんなに落ち込む必要はありませんわ。ファイトですわ、大隊長。そんなことを思いつつ気になっていることを尋ねます。
「現時点で、誰かを監禁してはいませんか?」
同意があっても監禁は犯罪ですからね。
ましてや、婚姻前となると醜聞では済みませんわ。していないと思いますが。
「いや、それはない。絶対にない」
間髪入れずに大隊長は否定します。
「その根拠は?」
「そもそも、同じ屋敷で住んでるしな。そんなことをしようならすぐにわかる。当然外でもな。それにそもそも、アイツらが監禁したいのは――」
「そこまでです。それよりも、皇帝陛下に拝謁されるのでは?」
スミスが大隊長の台詞を途中で遮りました。大隊長も口を閉ざします。
なぜ、スミスは止めたのでしょう、気になります。アーク隊長もルーク隊長も意中の方がいらっしゃるのかしら。家族同然とはいえプライベート、深く訊くわけにはいきませんね。
「すみません、大隊長。私が呼び止めたせいで」
「いや、気にするな。余裕をもって来たからな。なんなら一緒に来るか? もしかしたらセイラがいるかもしれないぞ」
「お母様を知っているのですか?」
「ああ」
お父様の親友ですもの、お母様を知っていてもおかしくはありませんよね。それに、今までのお母様の発言を思い返してみても、親しげな感じは出ていましたし。
だけど、喧嘩してすぐに会うのは気まずいですわ。
「時間があくと、よけい言いがたくなるぞ」
大隊長の言う通りですね。それに大隊長とスミスが一緒ですもの、勇気が出ますわ。
「ご同行いたしますわ」
養成場に関してこれから先の、学園の運営にも大きく関わってきますからお父様の意見も聞きたいですし。
「…………アイツらのことだけど」
廊下を並んで向かっていると、隣を歩く大隊長がポツリと呟きます。
「私にとってアーク隊長もルーク隊長も、ユナ隊長も大事な家族ですわ。これくらいで切れてしまうような、やわな関係だとは思っていません。一応、念のために確かめはしましたが、多少、変わった嗜好を持っていても構いません。言い換えれば、それだけ一途だということではありませんか。監禁されたり、毒を盛られたりするのは嫌ですが、もしされそうになったら、徹底的に抵抗するまでですわ。それに、私にはとても優秀な仲間がいるのをお忘れなく」
素直にそう答えれば、大隊長は「確かにそうだ」と言い、声を上げておかしそうに笑い出しました。特に珍しい表情ではありません。なのに、どうしてか、大隊長の屈託のない笑顔から目が離せなくなりました。
さっきの胸の鼓動といい、いったい私の中でなにが起きたのでしょうか。
「どうかしたか?」
ジッと見つめている視線に気付いたのでしょう。大隊長が心配そうに顔を覗き込んできます。
「べ、別になにもありませんわ」
少し焦りましたわ。
「そうか。慣れないことで頑張りすぎてるんだ。無理だけはするなよ」
そう言いながら、また、頭をポンポンと叩きます。
「子供扱いしないでくださいませ」
なぜか、反射的に払いのけてしまいましたわ。本当はとても嬉しかったのに……
「そうか、そうか。もう、子供じゃないよな」
大隊長は少し寂しそうに笑いながら手を下ろします。
傍から見れば、まるで仲良し親子のようなやり取りでしょう。だけど、私の胸の奥にはモヤっとしたものが残りました。
そんなやり取りをしているうちに、執務室に到着しました。
これは?
すぐに異変に気付きました。執務室全体に防音の魔法がかけられているのです。扉を護る近衛騎士に伺えば、
「ただいま、皇后様が皇帝陛下と面会中です」
「皇后様にお会いできますか?」
たとえ親子でも、許可なく入室することはできません。
「セリア皇女殿下が来られたら、そのまま通すよう承っております」
近衛騎士はそう告げると、軽くノックをしたあと、扉を開けました。
「えっ……!?」
目の前の光景に、思わず目が点になりました。ふいに背中を押され、扉は閉まります。この状況で顔色一つ変えないなんて、優秀ですね。防音の魔法がかけられてたのも理解できましたわ。
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