283 / 341
なんとしてでも、結婚してみせます
第七話 麻袋と潰れた蛙の声
しおりを挟む「失礼いたします」と、満面な笑みを浮かべ一礼して入室するスミス。完璧な立ち居振る舞いですわ。
よほど嬉しいことがあったのか、機嫌がよろしいようで笑顔が途切れません。あのスミスが笑顔を見せるなんて、とても珍しいことですわ。
だけど反対に、私たちは出し掛けた言葉を飲み込みます。あの騒がしいお母様でさえ、口を閉ざしていますわ。反射的に逃げようとするお母様の服を、咄嗟に掴んだ私は偉いでしょ。一人逃げようなんて、許しませんわ。
皆無言のまま、室内にはただならぬ緊張感がーー。さしずめ、S級の魔物と対峙しているようですね。
沈黙の中、大きな荷物を肩に担いだまま、スミスは私の元へと歩いて来ます。
おそらく、いえ……まず間違いなく、肩に担がれた荷物の正体はお父様でしょう。断言できますわ。麻袋に入っていて、中身は確認できませんが。お母様愛が激し過ぎる残念なお父様ですからね、お母様が元王城に来た時点で、スミスは部下と共に狩ったのでしょう。
さすが、最強暗部集団。
怒らすと一番怖いのは、スミスたちですわね。
スミスはやや乱暴に担いでいた荷物を床に下ろします。潰れた蛙の声がしました。
誰も、その声について訊きはしません……
「セリア様、所望していたモノをお持ちしました」
笑みを一段と深め、スミスは言います。
「……あ、ありがとう。とても、助かりますわ」
無理に笑顔をつくろうとしても駄目ですね。口角がヒクヒクとするだけですもの。到底、笑顔と呼べるものではありませんわ。
だって、そうなるでしょ。
中身はコンフォート皇国皇帝陛下。大陸でその名を知らない者はいない、最強で最凶の統治者ですよ。
それが、麻袋の中に入れられ転がされています。潰れた蛙の声を発しながら。これ……見る人が見たら、完全に私反逆罪に問われるわね。うん、処刑ものだわ。
「いえ、主君の望みを叶えるのが、我々の仕事であり生き甲斐ですから」
楽しそうに嬉しそうに答える、スミス。
主君の望みね……その望みを叶えるために、皇帝陛下を麻袋に入れるのも躊躇しないのですね。呆れるほど、優先順位がはっきりとしてますわ。だけど、捕まえるよう命じたのは私……仕方ないわね、腹を括りましょう。まぁ、この場にいる私たちしか知りませんから。
「……ならば、常に良き主でいるようにしないといけませんね」
今度は不格好ではない笑みを浮べます。
「はい」
「そうだわ、スミス。ついでに、これを神殿まで運ぶのを手伝ってくれないかしら」
「畏まりました」
「では、シオン様、行きますよ」
少し引いているシオン様に声を掛けます。それ、地味に傷付きますわ。
改めて、麻袋を担ぐスミス。
蛙の声。
転移魔法が発動する直前、スミスはお母様に深々と頭を下げ言いました。皮肉たっぷりに。
「セイラ様、ご協力ありがとうございました」と。
もうちょっと早く、スミスがお母様に皮肉たっぷりの礼を言ってたら、そのポカンとした顔を眺められたのに。とても残念ですわ。
23
お気に入りに追加
7,460
あなたにおすすめの小説
[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します
シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。
両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。
その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
我慢するだけの日々はもう終わりにします
風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。
学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。
そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。
※本編完結しましたが、番外編を更新中です。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※独特の世界観です。
※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。
最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか
鳳ナナ
恋愛
第二王子カイルの婚約者、公爵令嬢スカーレットは舞踏会の最中突然婚約破棄を言い渡される。
王子が溺愛する見知らぬ男爵令嬢テレネッツァに嫌がらせをしたと言いがかりを付けられた上、
大勢の取り巻きに糾弾され、すべての罪を被れとまで言われた彼女は、ついに我慢することをやめた。
「この場を去る前に、最後に一つだけお願いしてもよろしいでしょうか」
乱れ飛ぶ罵声、弾け飛ぶイケメン──
手のひらはドリルのように回転し、舞踏会は血に染まった。
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。