婚約破棄ですか。別に構いませんよ

なんとしてでも、結婚してみせます

第六話 妬いてるわけではありませんよ

　すぐにでも、シオン様のもとに向かいたかったのですが……風呂に入りゆったりと体をほぐすことにしましたの。

　さほど汗をかいてはいないとはいえ、愛しい方の前に汚れたままでは立てませんもの。

　特にシオン様の前には。

　だって……シオン様は、私の匂いを嗅ぐのが癖なのだから。風呂に入ったり、クリーン魔法を掛けることに、シオン様は不満そうですけど。口にはしませんけどね。当然、私は気付かぬ振りですわ。藪を突いて蛇を出したくありません。

　それとは別に、背中と肩がバキバキですし。マッサージもして欲しかったので、お風呂に。そうでなければ、クリーン魔法を全身に掛けて馳せ参じましたわ。

「ゆったりし過ぎましたわね……」

　私としたことが、湯船で居眠りをしてしまいました。急がないと。お母様の件もお知らせしてませんし。少し遅くなったくらいで、シオン様は不機嫌になったりはしませんが、会う時間が短くなるのは嫌ですわ。

　……ん？

　女性の声？

　とても小さいですが、シオン様の部屋の方から聞こえてきました。廊下を行き交う人がいない時間帯なので、余計に響きますわ。

　興奮してますわね。あら？　興奮していたのに、今度は落ち込んでますわ。情緒不安定ですね。でも、どこか楽しそうですわ。

　聞き覚えがない声なら、速攻乗り込んで、女性を床に押し倒して拘束した上で、ここに来た理由を詳細にお聞きしなければなりません。詳細にね。ですが、この声の主は私がよく知っている方なので、そこまでしませんが……できれば、二人っきりになって欲しくはありませんね。

　心が狭いってわかってますわ。でも……お母様って、娘の私から見ても魅力的な方ですもの。それに、今は独身。見た目も若いですし、スタイルもとても良い。

　シオン様を疑ったりはしませんわ。それでも、内心複雑なのです!!　昔から、妙に距離感が近いので。

　とはいえ、二人っきりで会わないでくださいなんて言えない。心が狭く思われるのも嫌ですし、シオン様から見れば、義理の母親になるわけですから。

　そんなことを考えていると、自然と足は遅くなり、シオン様の部屋に到着しても、扉を開けるのを躊躇ってしまいます。

　お母様が甘えられる人間って、お父様の他にはシオン様ぐらいですわね。

　ほんと、楽しそうですわ……このまま、自室に戻ろうかしら。それがいいわね。

　踵を返し背を向けたら、扉が開きました。

「どうしたんだ？　セリア。入らないのか？」

　シオン様にはバレバレでした。

「入ろうと思ってたのですが、楽しそうでしたので……それに……」

　シオン様の体越しに、お母様の姿を確認できます。

「楽しい？　ただの愚痴を聞いていただけだぞ」

　シオン様にとってはそうですよね。わかっていますわ。深く考えるだけ無駄だって、よ～く理解してますもの。

　人を愛し続けるのって、本当にしんどくて大変ですわね。でもそのしんどさよりも、幸せの気持ちが、遥かに多いから愛し続けられるのでしょう。

　それに、私の目の前にいる男は私のモノですから。お母様でもあげませんわ。

　私はシオン様の部屋に入り、お母様の前に立つと抗議しました。

「お母様、これ以上、シオン様を困らさないでください」

「困らせてなんてないわよ。ちょっと、親心ってやつを、シオンに話してただけ」

　悪びれずに、お母様は言います。呼び捨てですか。

「それが、困らせるっていうのです」

　妬いてるわけではありませんよ。

「だから、困らせてないって」

　平行線ですわね。埒があきませんわ。こうなったら、無理矢理でも追い出すか、シオン様と一緒に私の自室に向かうかの二つのうち一つですわね。当然、私が選択するのは後者。

「わかりましたわ。シオン様、私の自室に向かいましょう。ここでは、落ち着きませんから」

　私はシオン様の腕を掴み、扉に足を向けます。煩いお母様は無視です。

　その時でした。

　ノックの音がしたのは。

「……どうぞ」

　シオン様が答えると、入って来たのはスミスでした。肩にお土産を担いで。