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エルヴァン王国の未来
第十八話 狂王子の最後
しおりを挟むかろうじて、人間の姿に戻れたようですけど、そこにいる男は、もはや狂王子ではなく、自慢の金髪も真っ白になった、只の痩せ細った老人でした。
禍々しい魔力を我が身に受け入れるのに、己の命を対価にしたのでしょう。まだ魔力を有していれば、体裁を保てる容姿でいられたものを。狂王子からは一切の魔力を感じません。
皆が動かない中、ケルヴァン殿下が一人、狂王子に近付きます。
そう……ここからは、ケルヴァン殿下の仕事です。私たちは見守るしかありません。
「嘘じゃない。これが現実だ。元イルヴァン第一王子」
ケルヴァン殿下の声は冷たく、淡々としたものでした。躊躇いもなく、剣先を狂王子の喉元に突き付けます。
狂王子はケルヴァン殿下が本気だと、ようやく気付いたと同時に、死の恐怖が襲ってきたのでしょう。震えながら、ズルズルと尻を床に付けたまま後ろに下がります。
「まっ、待ってくれ、ケルヴァン。本当に、私を殺すのか!? ……私はお前の兄だぞ。肉親をその手に掛けるのか!?」
震えながらの見苦しい命乞い。
忌々しい魔力を有していた頃は、魔力のおかげで、狂王子は常に優位の立場に立てていた。絶対に自分は死なない。殺られない。そう信じていたのでしょう。まるで、一種の信仰のように。実際、そうだった。
しかし、そのシンボルが、今、音を立てて崩れさったのです。
唯一残っているのは、魔力も地位も、若い肉体も自慢の美貌すらない自分だけーー
そして生き残る道は、目の前にいる弟に惨めたらしく命乞いするしかなかない現実。
「そのために戻って来たんだ。当たり前だろ。見苦しい真似はよせ」
感情のこもらないその声は、本気の表れのように感じました。狂王子も肌で感じ取ったのでしょう。最後は、赤子のようにハイハイをしながら逃げようとしましたから。
逃げる場所など、もうどこにもないのにーー
ケルヴァン殿下は顔を歪め、剣を振り下ろした。
狂王子は悲鳴を上げ、痛みで床を転げ回る。ケルヴァン殿下が両足首の健を切ったからです。
再度、ケルヴァン殿下は狂王子の首に剣先を向けます。
「や、止めてくれ!! お願いだ!! 私はまだ死にたくない!!」
「とことん、自分勝手な奴だ。他者には死を平気で強要し続けたのに、自分は嫌か……それが許されると思うのか?」
「嫌だ!! 嫌だ!! 死にたくない!!」
ケルヴァン殿下の問い掛けに、狂王子が返したのは死を拒否する言葉だけ。
何度も何度も同じ言葉を繰り返しながら、両足の健を切られても、なお逃げようとする狂王子の背中を、ケルヴァン殿下は容赦なく踏み付け動きを止めました。
「地獄で、自分が殺した者たちに土下座しろ」
そう言い捨てると、ケルヴァン殿下の剣は狂王子の背中を貫きました。そして、ゆっくりと引き抜きます。狂王子の血が床に広がっていきます。
「地獄で会ったら、俺も一緒に土下座してやるよ」
一歩離れてから、ケルヴァン殿下は小さな声でそう呟きました。感情のこもった震える声で。
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