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エルヴァン王国の未来

第十四話 最下層

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 泣きそうなケルヴァン殿下を先頭に、私たちは先を進みます。
 
 やはり、私的には闇色の霧の中を歩いている感覚ですね。あくまで視覚的にはですが。その視覚ですが、幸いにも、皆の表情と位置は把握できるようで安心しましたわ。少しでも離れたら、はぐれてしまうわね。それほど、濃い霧……。

 靴底越しに伝わる感触は確かに石畳。横の壁に仕掛けがあるかもしれないので触りはしませんが、石かレンガでしょう。感覚でわかりますわ。間違いなく、ケルヴァン殿下が言った通り、ここは地下通路ですね、石畳の。

「止まります」

 ケルヴァン殿下の声に、私たちは足を止めます。

 完全にケルヴァン殿下に命を預けてますわね。なんだかんだ言っても、砦での彼の様子を皆知っているからこそ、預けられるのです。それに、ここで彼が私たちを裏切る理由はありませんし、もし裏切った時は、口にしなくてもわかりますよね。

「気を付けてください。ここから、階段になります」

 緊張を隠せない硬い声。

「わかった」

 シオン様が答えます。

 視界を封じられた中で聞くと、一段と趣きがあっていいですわね。うっとりしますわ。思わず、ホゥと溜め息を吐いてしまいました。気付かれていないと思っていたのですが、

「セリア」

 耳元でお母様の低い声が。どうやら、気付かれていたみたいです。

「ヒッ!!」

 皇女らしくない声を上げてしまいましたわ。

「セリア、大丈夫か!?」

 頭上からシオン様の慌てた声が降ってきます。背後にはお母様。下手な返答はできません。

「だ、大丈夫ですわ。へ、蛇の気配がしたのでつい」

 咄嗟に出た言い訳に、シオン様はホッとした声で気遣ってくれました。

「セリアは昔から蛇が駄目だからな。怖いなら、俺が抱いていこうか」

 このような時も、優しいシオン様の言葉に胸を打たれていると、肩に女性の手が。無言の圧力を掛けてくるのは、お母様しかいませんわ。

「それには及びませんわ。ありがとうございます、シオン様」

 怯えを一切感じさせない声で答えます。

 こういう場面のために、皇女としての勉強をしたわけではありませんが、日々の生活の中で自然に出せるのは良いことですわ。そうですよね……

「……結構、階段続くようね」

 背後から横に移ると、下を覗き込みながらお母様が呟きます。

「でも、道は正解ですわ。この階段の先が【竜石の間】ですわ」

 禍々しい魔力が一段と濃くなっていますもの。それこそ、私が嫌いな蛇のようにうねってますわ。

「そうね」

 お母様の声は飄々としていますが、付いて来ている侍女たちは冷や汗をかいています。あの侍女たちがですよ。当然、案内人さんも手の者も。ピリピリと張り詰めた緊張感が伝わってきますわ。

 平然としているのはケルヴァン殿下だけですわね。従者は真っ青な顔色で必死で吐き気と戦ってますし。例え魔力がなくても、従者の反応が普通なのですが……どうして、ケルヴァン殿下は平気なのでしょう。

「その疑問は後からよ」

 隣からお母様の声。お母様の言う通りですわ。私は頷くと、階段の先を睨みます。

「下りるぞ」

 シオン様の力強い声に、私は「はい」と微笑みながら答えました。

 一歩、一歩、下りていく私たち。

 禍々しい魔力が私たちを絡め取ろうと纏わりついてきます。

 最下層に着くと、目の前に鉄の扉が。

 ケルヴァン殿下が扉に手を掛けます。そして、私たちに視線を向けて、小さく頷いてからゆっくりと扉を押しました。

「まさか、ここに辿り着ける者がいるとは思わなかったな」

 唐突に、投げ掛けられる若い男の声。

 愉快そうに笑う男が、竜石に手を当て立っていました。

 おそらく、彼がイルヴァン第一王子。

 自分の野心のために、国民とハンターたちの命を狩り続けた者。狂王子ですわ。

 やっと会えましたねーー

 
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