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エルヴァン王国の未来

第十二話 では、地獄に皆で参りましょうか

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「…………イル兄上は、誰もいなかったのか……嘘だろ? 常に人の中心にいたのに」

 まるで独り言のように、ポツリと呟くケルヴァン殿下の声が、後ろから聞こえました。

 私もシオン様も、誰一人、その言葉に返答をする者はいません。皆、黙って聞いています。

 今、この場面で、ケルヴァン殿下が感傷的になったのは、明らかに、さっきの私の不用意な発言のせいでしょう。失敗しましたわ。

 元々、ケルヴァン殿下は情に厚い方なのに。決心をを乱す発言をしてしまいましたわ。

 狂王子とは違い、ケルヴァン殿下は、王家、貴族といった、狐や狸がウヨウヨ棲息している場所から、離れた場所で育ったと耳にしてます。

 当然、置かれていた環境も違っていたはず。見ているものも、聞くものも、触れるものも、全てがイルヴァン第一王子とは違っていたでしょうね。

 未来を約束された王太子。

 そして、なんの後ろ盾もない第三王子。

 狂王子が光なら、ケルヴァン殿下は影の立ち位置だった。誰にも見向きもされない忘れられた、哀れな第三王子。それが、彼の立ち位置。

 でもそれは、表面上だけで、本当は逆だったのかもしれませんわね。あくまで、想像でしかありませんが……いけませんね、感傷的になりすぎましたわ。ここから先は、地獄ですのに。

 反省していると、手の者がスーと音もなく、シオン様の側に寄ります。それだけで、彼が何を言おうとしているか瞬時で理解しました。

 空気が一瞬で肌を刺すものへと変わります。

「この先に、地下へと続く隠し扉があります」

 ここまで近付けば、どこに隠し扉があるか、馬鹿でもわかりますね。漏れていますもの。

 邪悪な、淀んだ漆黒の魔力がーー。

 かなり、不味いですわね。この私が冷や汗をかくくらいですもの。そんな私を安心させるように、シオン様が軽く手を握ってくれました。すぐに離れましたけど。でも、おかげで落ち着きましたわ。

 普段はしない真面目な表情のお母様を見て、事の深刻さがわかりますわね。

 皆がピリピリしている中で、シオン様は普段とさほど変わりなく、完全に顔色を失っているケルヴァン殿下に尋ねました。

「ケルヴァン、覚悟はいいな。もう引き返せないぞ」

 シオン様の声は、とても厳しく険しく、重いものでした。ケルヴァン殿下を見下ろす、その視線も同じものです。

 そこに、虚勢は一切通用しません。

 ケルヴァン殿下はシオン様から目を逸すことなく、小さく、しかししっかりと頷きました。

「なら、ケルヴァン、お前が扉を開けろ」

 シオン様の命令に、ケルヴァン殿下は固まります。

「それは!!」

 従者がすぐさま、ケルヴァン殿下の前に身を乗り出し反論しましたが、それを彼自身が制し従者を退けます。

 主人の決意に水をさしていいのか。

 それとも、命を護るべきなのか。

 躊躇している従者を背に、ケルヴァン殿下は声を震わせながら、それでも、はっきりとした声で告げました。

「いいんだ。俺が開けるべきなんだ」と。

「ケルヴァン殿下、この先は地獄ですよ」

 私は扉の柄を掴むケルヴァン殿下に声を掛けます。

「わかってる。その地獄を生み出したのは、俺たち王族だ」

 その声には、先ほどの震えはありませんでした。

 本気で腹を据えたのですね。

「では、地獄に皆で参りましょうか」

 
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