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いざ、エルヴァン王国へ

第十話 冷たい声

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 幸いなことに、食堂の二階が宿屋になっていたので、迷うことなく、私たちは二部屋を取りました。

 ケルヴァン殿下と暗部さん、私と侍女で。でも、実際に泊まるのは暗部さんだけですわ。泊まりませんよ。シオン様との約束がありますからね。

「それじゃあ、後は頼みますね。もし、私の侍女が戻って来たら、私たちの部屋で休ませてください」

 いつもの言葉遣いに戻し頼みます。

「畏まりました」

 人目がありませんから、暗部さんは軽く頭を垂れ、私に対し従の姿勢をとります。

「では、早朝に」

 私はそう告げると、転移魔法を発動させました。転移先は学園ですわ。ここで、ケルヴァン殿下とお別れです。

「ケルヴァン殿下、明日は学園を休んでくださいませ。日の出と共に戻ります」

 自警団の方々がいつ来るかわかりませんからね。宿屋の従業員が呼びに来た時、居なかったらおかしいでしょ。

「……わかった」

 一言そう告げると、私たちから背を向け寮へと歩いて行きます。いつものなら、「おやすみ」とか「ありがとう」とかあるのですが、さすがに今日はありませんね。角ウサギ料理も、そんなに食べていませんでしたし。

 私は敢えてケルヴァン殿下に対し、特にこれといったことは何も言いませんでした。状況を把握しただけです。

 正直にいえば、言えなかった。上辺だけになりそうで。

 もし、何か言葉を思いついたとしても、それは部外者の意見であって、当事者のものではありません。命が関わる重たい問題だからこそ、下手に何も言えないのです。

 ケルヴァン殿下の背中を見送っていると、主人の帰りを待っていた従者さんが、物影から姿を現します。何かあったことに、直ぐに勘付いたようですね。一瞬、固い表情をしましたが、直ぐに元に戻し、私たちに一礼してから、物言わぬ主人の後を追い掛けて行きました。

「暴走しなければいいのですが……」

 かなり、思い詰めていましたからね。

「その点は大丈夫です。暴れ馬を大人しくさせる方法を熟知しておりますから」

 頼りになりますね、私の侍女は。

「なら、安心ですね」

 ホッと胸を撫で下ろします。ケルヴァン殿下は、いざとなったら、大胆なことができるタイプの方ですからね。

「ーーいつまで、他の男の後ろ姿を見ているんだ」

 背後から、地獄を連想させる声が夜の学園内に響きます。

 同時に、スーと気配を消し下がる侍女。助けを求める暇もありませんでした。

「セリア?」

 名前を呼ばれ、恐る恐る振り返ると、眉間に皺を寄せたシオン様が仁王立ちで立っていました。不機嫌を通り越して、怒気のオーラが全身から出ています。

 本能的に後退りしそうになりましたが、必死で我慢します。一歩でも後退ったらどうなるか、今までの経験上よく知っていますから。

「……色々ありまして。約束の時間に遅れてしまい、すみませんでした」

 怒られる前に謝る。それが一番。

「……」

 無言のまま、私を見下ろすシオン様。

「シオン様……? なっ!?」

 シオン様が手を伸ばしてきたと同時に、視点が高くなりました。小麦の袋を肩に担ぐように、担ぎ上げられてます。下尻に回った手で動かないように固定されています。

「暴れるな!! 帰るぞ」

 シオン様に逆らえません。私は転移魔法を使い、城に帰って来ました。直接、自分の部屋に。恥ずかしくてエントランスには出られませんわ。

 部屋に着いたのに、シオン様は私を下ろしてくれません。そのまま歩いて、奥の部屋に入ります。この先はーー。

「シオン様!!」

 さすがに、それは駄目です!! 結婚していたとしても駄目です!!

「暴れるな!!」

 シオン様は怒鳴ると、ドアを開け、服を着たまま奥の浴槽に私を放り込みます。水飛沫が派手に飛びました。シオン様も入ってきます。服が肌に張り付き気持ち悪いですが、そんなこと言っていられません。

「なっ、何をするんです!?」

 慌てて脱出しようとしましたが、肩を押さえられて無理です。顔を上げ抗議しようと、シオン様の顔を見た途端、私は動けなくなりました。

「……シオン様…………?」

 怒りと苦しみ、そして悲しみ。様々な感情が入り混じって、とてもとても苦しそうでした。

 無言のまま、シオン様は私の頭を洗い出します。やや乱暴に。

「まだ臭い。後は、自分で洗え」

 聞いたことがないほどの冷たい声でした。

 洗い終えると、濡れた服のまま、シオン様は浴室を出て行きました。

 シオン様の発した声は、私を凍らせるには十分でした。感情も凍りつきます。まるで人形のように、私はその場から動けませんでした。

 




☆☆☆


 読んで下さりありがとうございますm(_ _)m

 昨日から、新作アップしてます。

 タイトルは【俺は、妹が見ていた世界を見ることはできない】です。

 異世界ものではなくて、現代ものとなってます。

 テーマは家族愛。

 ちょっぴり、恋愛要素も入ってます。

 ほっこり・じんわり大賞に応募予定の作品です。

 これからも頑張りますので、応援宜しくお願い致しますm(_ _)m



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