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いざ、エルヴァン王国へ
第五話 約束の時間に帰れないかも
しおりを挟む案内人が待つ食堂までは、ここからそう遠くはないようです。といっても、町の奥にあるようで、自然と町を通り抜ける形になりますね。
意図して、その食堂にしたのかは疑問ですが、結果的には正解だったようですわね。
少なくとも、町の様子をつぶさに観察できましたから。
「……先を急いだ方がいいわね」
私は周りを見渡し呟きます。侍女とケルヴァン殿下は軽く頷きます。自然と歩調が速くなりました。
町の入口付近で、ある程度想像はしていましたが、かなり町の治安は悪いようです。歩いているのは大通りですが、嫌な視線を感じますもの。それも他方向から。
スリか強盗か。どちらにせよ、私たちを獲物として見ているのに間違いありませんわ。傍から見たら、若いパーティーですものね。彼らにしたら、恰好な餌ですわ。あらあら、舌なめずりしている方もいますわね。
「ここまで、治安が悪くなってるとは……」
急ぎ足で歩いていると、ケルヴァン殿下の呟く声が聞こえてきました。
「物資がある国の入口でこれだからね。王都に近付くほど、悪くなってる可能性が高いわね」
小声で答えます。
「俺もそう思う」
あら、脳筋でしたのに、少し知恵が付いてきましたね。自分に関わることを客観的に捉えるということは、色々な方面で武器になりますからね。
そんな会話をしていると、侍女が「あの食堂です」と指さします。
視線を向けると、角ウサギと麦酒の看板が掛かっています。
「角ウサギの料理が有名なお店です」
侍女が教えてくれます。だから、角ウサギが看板に描かれてるのですね。可愛く描かれた看板の前で立ち止まります。
「俺も食べたことがある。角ウサギのトマト煮込みは絶品だせ」
「焼きではなく、煮込みなの?」
コンフォート皇国では、角ウサギは主にステーキで食べます。討伐の際の野営料理で角ウサギは欠かせませんわ。シンプルに塩と胡椒の味付けが最高ですね。肉汁がジュワッと出て美味しいのです。クドくなくていくらでも食べれますわ。
「トマトの酸味で、柔らかくなって美味しいぜ」
それはそれで美味しそうです。
「それは楽しみね」
よだれが出そうですわ。美味しかったら、料理長にお願いしようかしら。そして、密かに練習して、シオン様に手料理をプレゼントするのもいいですわね。喜んでくれますよね、シオン様。
「リア様、顔が、とても残念になっています」
「えっ、そう?」
侍女に注意されて、顔に手を当てます。
「では、入りましょうか?」
侍女がドアに手を伸ばします。
その時でした。
「止めて下さい!!」
緊迫した子供の悲鳴が聞こえてきました。何かが壊れる音がします。
住人らしい大人たちも、その声が聞こえているはず。なのに、彼らは戸惑っているだけで動こうとはしていません。自分に火の粉が降り掛かるのを恐れているのね。だとしてもーー。考えるのは後ですわ。
私とケルヴァン殿下はドアに背を向け、悲鳴が聞こえた方へと走り出しました。
今日、約束の時間に帰れないかもしれません。
ごめんなさい、シオン様。
ちょうどその頃、砦ではーー。
「……隊長、機嫌が悪くないか?」
小さな声で、隣に立つ同僚に尋ねる。
「セリア様が、まだお戻りになっていないからな」
「やっぱり、そうか。でも、いつもより三十分遅いだけだろ?」
「それを言うなって」
苦笑する同僚。
「若い婚約者だからな、心配なんだろうな。同世代の友人がいるし。その中には、男も……ん? どうしたんだ? 顔真っ青だぞ。冷や汗も出てるじゃねーか。仮眠室で休んで来いよ」
口をパクパクし、俺の背後を指さす同僚。
ま、まさか…………
冷や汗タラリ。
「体調が悪いのか?」
俺の背後から低い声が問い掛けてくる。可哀想なほど、同僚は首を横に振る。むち打ちになるぞ。
「だ、大丈夫です!! 隊長!!」
「そうか。なら、少し手伝ってもらおうか」
俺は振り返ることができなかった。隊長の両手がガッシリと俺の両肩を掴んでいたせいで。
隊長に連れ去られる俺たちを、他の同僚たちは目を反らし見送った。
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