婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

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エルヴァン王国の秘宝

第十六話 その姿勢、嫌いではありませんわ

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 ケルヴァン殿下が放つ殺気と怒気に、従者を誘拐した賊たちは一瞬怯みます。

 それだけで、賊たちの力量が把握できますわ。

 でも、多勢に無勢だと賊たちは考えたのでしょう。すぐに嫌な下卑た笑みを浮かべ、ケルヴァン殿下を挑発しています。浅はかですよね。

 おや? 意外と、ケルヴァン殿下は冷静ですわ。挑発にはのっていませんもの。まぁ、怒りが頂点に達したら、何故か冷静になるんですけどね。そういうものですわ。私も何度か経験ありますから。

「もう一度言う。俺の従者から手を離せ!!」

 ケルヴァン殿下の言葉に、リーダー格の賊は下卑た笑みのまま、馬鹿にしたような口調で言い放った。

「まだ、自分の立場がよくわかっていないみたいですね、ケルヴァン殿下。貴方は私たちに命令できる立場じゃないんですよ。あんまり、私たちを怒らさない方がいいですよ。さもないと、誤って、大事な大事な従者が、負わなくていい怪我を負ってしまうかもしれませんよ」

 言い終わると同時に、呻き声を上がります。賊の一人が、従者の足を刃物で刺したからです。

「止めろ!!」

 ケルヴァン殿下は叫びます。だけど、近付くことはできない様子。従者は刃物を突き付けられたままだから。

「怒鳴らないでください、ケルヴァン殿下。さぁ、袋を渡してもらいましょうか? で、捕まった同胞の釈放はいつです? まさか、エルヴァン王国の王子が民を見捨てたりしませんよね」

 リーダー格の男が嗤うと、他の賊たちも嗤う、完全に自分たちが優位に立っていると、信じているのでしょうね。

 賊の言葉に、ケルヴァン殿下は鼻で笑った。その態度に、賊たちがいきり立つ。

「貴様らが、エルヴァン王国の民だと? 墓荒らしを平気な顔でやる奴らと、一緒にされたくないな。虫酸が走る」

 ケルヴァン殿下は汚物を見るような目で賊たちを見ると、冷たく低い声で吐き捨てる。

「言わせておけばいい気になりおって!! 剣しか振れぬ馬鹿が!! 従者の命がいらないのならーー」

 もはや、敬語さえない。ずいぶん軽い猫よね。

「これ、燃やしてもいいのか?」

 もう一度、従者を刺そうと、腕を振り上げた時でした。ケルヴァン殿下がニヤリと笑いながら、袋を掲げ賊のリーダーを挑発します。

「チッ。見え透いた挑発を。魔力なしのくせに、生意気な」

「全く無いわけじゃない。多少はある。これくらいの物なら、楽に燃やせるぞ」

「嘘を吐くな」

 リーダー格の賊に動揺が見えた。小者ですね。

「試してみるか? 俺は構わないが。一度しか言わない。俺の従者を離せ」

「嫌だと言ったら?」

「燃やすだけだ」

「なら、燃やせ。同時に、従者を殺す」

 従者が弱点だと知っているから、賊は強気に出れるのです。しかし、覚悟を決めている者に、それは無意味。 

「ならば、殺せ。いいよな、俺のために死んでくれ」

 前半は賊に。後半は従者に。ケルヴァンは告げる。従者は頷いた。

「なっ!? 本気だぞ!!」

「構いません。この命と身は、ケルヴァン殿下のものですから」

 リーダーの男と従者の声が被る。

「ならば、俺のために死んでくれ」

 ケルヴァン殿下はそう告げると、袋に火を付けます。

「「「「「「止めろ!!」」」」」」

 賊たちの声が綺麗にハモりました。

 その瞬間、うまれる隙ーー。

 ケルヴァン殿下はそれを待っていた。挑発はそのためですね。まぁ、本心だろうけどね。

 ケルヴァン殿下は、従者を拘束していた賊の懐に入り込み殴り倒した。地面に倒れた賊。良い動きですわ。

 残り五人。

 剣を取られた状態で、怪我人を庇いながら戦うのはキツいかもしれませんね。剣を取り返さないと。もしくは、賊から奪い取れば勝利は確定的ですわ。でも、

「ケルヴァン殿下!! 私を見捨ててください!!」

「できるわけないだろ!!」

 従者は必死でケルヴァン殿下に嘆願しています。足から血を流し続ける従者が気になって、ケルヴァン殿下は目の前の敵に集中しきれていません。そのせいで、徐々に追い込まれてきてますね。その間も、従者の容態は悪くなっています。

 いくら、鍛えられていても、目の前の敵に集中していなければ、その力が発揮できないのは当たり前のこと。でも、その姿勢、嫌いではありませんわ。

「そこまでだな。散々手こずらしやがって。死ね!!」

 残った賊は恫喝する。自分以外の仲間全員倒された男は、今にも、振りかざした剣を振り下ろそうとしていた。

「クソッ!!」

 膝を折りながらも、従者を背に庇い続けるケルヴァン殿下。その口から悔しい声が漏れる。

 ここまでですね。

「そういう貴方たちも、ボロボロではありませんか」

 私は姿を現します。私の斜め後ろにはスミスが、小屋と私たちを取り囲むように騎士が。

 こういうのを、袋のネズミって言うのですよね。

 

 
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