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エルヴァン王国の秘宝
第七話 初耳ですわ
しおりを挟むエルヴァン王国の件を抱えていても、領地の経営を怠るわけにはいきませんからね。いつも通りに、学園で執務をこなしています。
すると、スミスが新しい書類を手に机の前に。私はそれを受け取り、細部まで確認します。変わらぬ日常ですわ。でも今は、少しだけ、部屋に漂う空気が違います。
「これで、昼の分は終わりかしら?」
私は書類の文字を目で追いながら尋ねます。
「はい、セリア様」
スミスが答えます。
「そう。それで?」
主語を飛ばしても、スミスにはちゃんと伝わっています。お互いにね。
「十三名、コンフォート皇国に入りました」
ほらね。
私は書類とペンを机に置き、背もたれに体重を掛けます。
……やはり、来ましたか。
想像していたとはいえ、内心複雑ですわ。できれば、当たらないで欲しかった。そう、心の中で祈っていたのですが、叶いませんでしたね。汚い言葉ですけど、とても胸糞悪いですわ。己の欲望のために、死者を汚す行為に躊躇しない。その思考そのものが、吐き気がするのです。
「……身分を偽装してですよね?」
スミスと視線を合わせます。
他国の貴族に対しては入国審査がありますからね。コンフォート皇国は厳しいことで有名ですわ。盗まれては困る技術を多数所有しておりますから。
となれば、比較的審査の緩い平民に偽装すると考えるのは当然ですわね。特に、今から悪いことをしようとする人にとっては。
「はい。主に商人と護衛、もしくはハンターの出で立ちだったと、報告がありました」
「そう……無難な偽装ですね。見張りは?」
「付いております」
「ならいいわ。そのまま、張り付いていて。報告は逐一に」
「承知致しました。ところでセリア様、今回は自ら動かれるのですか?」
それは、私自ら捕り抑えるかどうかってことですよね。それなら、答えは決まっていますわ。
「いいえ。今回は動かないわ」
私の考えに、その場にいる側近たちが、作業をしながらも耳を傾けています。側近たちには、エルヴァン王国の件は話しています。
「なるほど、あくまで、平民の窃盗事件で処理をなさるのですね。愚問でした。申し訳ありません」
「構いませんわ、スミス。だって、私たちは彼らが貴族とは知らないのですから」
もし、我が皇国で罪を犯すのなら、平民として捕まえ、平民としてそれ相応の裁きを下すつもりです。牢も平民用で。耐え切れず、貴族だと騒ぐのであれば、何故平民に扮したのかと尋問できますしね。どちらにせよ、こちら側は痛くも痒くもありませんわ。
窮地に追い込まれるのは、エルヴァン王国側。
ただ……気になるのは、腐石の封印が解けるか否かーー。その一点ですわ。
お母様とお父様は放置の方向性です。どちらでも構わない、といったところでしょうか。手を貸すつもりもなければ、警告もしない。
お母様大事だからではなく、まぁそれが大半を占めているとは思いますが、皇国としては、その判断はおかしくはありませんわ。隣国とはいえ、未だに国交を結んではおりませんし。話し合いの日にちさえ決まっておりません。そんな状態で、我々が手を貸すのはおかしな話です。
それに、竜石が腐石にすり替えられたとは、エルヴァン王国の方々たちは知りませんしね。
いらぬ詮索をされるのは、皇国としてはマイナスですわ。とはいえ、正直悩んでいます。
「……セリア様、シオン様にご相談されてはいかがです。伊達に歳はとっていないでしょうから」
側近たちは、皆、私が何を悩んでいるか理解しているのでしょう。
「そうですね。今晩でも相談いたしますわ」
少し気分が浮上します。私も大概、単純ですよね。すると、
「今晩にですか? 今からでも構わないのでは。昼の執務は終わりましたし、今日の授業に関しては、単位をとっているものばかり。少し抜けてもいいのでは」
スミスがそう提案してきました。
「セリア様、だったら、制服のまま向かわれた方がいいですよ」
クラン君の発言に、全員の目が向きます。何故か、クラン君が短い悲鳴を上げてます。
「制服のままがいいのですか?」
初耳です。制服は年の差を感じさせるので、今まで避けていたのですが……
「…………せ、先日、コンフォ様がボソッと呟いているのを聞きまして」
「シオン様が何て仰ったのです!!」
思わず立ち上がり、クラン君に詰め寄ります。
「……セリア様の制服姿、可愛いだろうなと」
「私の制服姿を見たいと仰ったのですね!!」
なら、そう言ってくださればよかったのに。いくらでも、お見せしますわ。
「たぶん、そうではないでしょうか……」
「感謝しますわ、クラン君!! 他に、何か言っていましたか!?」
いい機会です。シオン様の好みを聞いておきたいですわ。さらに一歩詰め寄る私に、腰を引き気味なクラン君が一歩下がります。逃しませんわ。
「耳が見える髪型を好んでおられるようです。編み込みをなされたらどうでしょう」
考えてみれば、同じような髪型ばかり。肩までしか伸ばしていないので、凝った髪型をしたことはありませんでした。目からウロコですわ。
「お願い!! 今すぐ可愛い髪型にしてくださいませ!!」
侍女二人に頼みます。
侍女二人は互いの顔を見てから、にっこりと満面な笑みを浮かべると、「「お任せください!!」」と答えてくれました。
「前から、したい髪型がありました。もちろん、編み込みもいれます」
「頼みましたよ」
「「はい」」
喜んでくれるかしら。惚れ直してくれたなら、なお嬉しいですわ。もし喜んでくれたなら、髪を伸ばしてもいいわね。そしたら、色々な髪型ができますもの。魔物討伐の時は、纏めればいいのですから。
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