上 下
223 / 341
エルヴァン王国の秘宝

第四話 お母様の告白

しおりを挟む


「私がすり替えたの。腐竜の欠片を封印した魔石と竜石を」

 お茶を飲みながら、お母様は特に表情を変えることなく告げました。

 空気が凍り付くっていうのは、まさにこういうことを言うのですね。とてもとても残念な状態であるお父様ですら凍り付きましたわ。そのような中でも、お母様はお茶を飲み、美味しそうにパンを食べています。

「…………どうして? とお訊きしても宜しいですか?」

 凍り付いたままでは、先に進みませんから。

「許せなかったのよ。奴らがしたことが。エルヴァン王国が滅んでもいいくらいにね。腐って苦しみながら死んでいく様を見たかったのよ」

 お母様が手を止め、私たちを見ます。私はまたしても息を呑みました。悪寒が背筋に走ります。暑くもないのに、額に汗が噴き出します。

 お父様もシオン様も、金縛りがあったかのように固まっています。

 エルヴァン王国が竜石を保有したのは、私が生まれる遥か遥か昔の話です。かなりの月日が流れたのに、その瞳の奥には、まだ怒りの炎が鎮火せず燃えていました。怒りを持続することは難しい。なのにーー。

 エルヴァン王国は〈黒炎の魔女〉をここまで本気で怒らすようなことをした。

 いったい、何をーー。

「聞きましょう。何があったのかを」

「長くなるわよ」

 お母様は溜め息を吐きながら言います。

「構いません」

「大丈夫だ」

「俺が知らない、セイラを知りたい」

 こういう時でさえ、お父様はお父様でした。正直、我が親ながら気持ち悪いですが、ここは我慢しましょう。でも、お母様は我慢できなかったようですね。死んだ魚のような目になっていますわ。

「お母様、お父様は無視して、話の続きを」

 お父様、煩いですわ。

「……そうね。これは、セリアにもシオンにも関節的に関わってることだし、いいわ、話してあげる」

 私とシオン様が?




 話が長くなるということで、スミスがお茶とデザートをどこからか持ってきました。

「……セリアたちは、エルヴァン王国が竜石を得た経緯を、どのように聞いてるの?」

「確か、民を虐げ、国を壊滅にまで追いやった邪竜を、エルヴァン王国の王子が伝説の剣で、仲間と共に倒したとーー」

 最後まで言葉にする前に、お母様が「違うわ」と厳しく険しい声で否定しました。

「どう違うんだ?」

 お父様が尋ねます。

「そもそも、邪竜なんて存在しないのよ」

「どういうことです?」

「……あれは、私がまだ、この世界に来て間もない頃だったわ…………」

 懐かしさと、そして悲しみが混じったような目で、お母様はポツリポツリと話し始めました。

「魔法が存在しない世界にいた私が、膨大な魔力量を保有する。それは戸惑いと混乱しかなかった。そんな私に魔力の使い方を根気よく教えてくれたのが、セリアのお祖父様、白竜の息子と番の魔道士だったの。二人に出会わなかったら、私は間違いなく狂ってたわね……」

 私とシオン様の目が驚きで丸くなります。

 私はあの花畑の光景を思い出していました。シオン様もでしょう。

 番を愛しそうに抱え込みながら石化した、一頭の竜の姿を。その側には、一刀の剣が刺さっていた。

「まさか、その剣が……邪竜を倒した伝説の剣?」

 考えるより、先に声として出ていました。

「相変わらず、察しがいいわね、セリアは」

 苦笑しながら、お母様は肯定します。

「そうよ。エルヴァン王国が邪竜を倒したという、伝説の剣は、今シオンが持っているドラゴンキラーよ」

 お母様は一旦言葉を切ります。スミスが用意したお茶を一口飲んでから、ゆっくりと口を開きました。

「そして、エルヴァン王国の奴らが邪竜と称しているのは、エルヴァン王国を腐竜から救った英雄、私の最大の恩人。そこまで言えば、誰かわかるわね」

 お母様の告白に、誰も口を開けませんでした。




しおりを挟む
感想 774

あなたにおすすめの小説

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します

シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。 両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。 その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか

鳳ナナ
恋愛
第二王子カイルの婚約者、公爵令嬢スカーレットは舞踏会の最中突然婚約破棄を言い渡される。 王子が溺愛する見知らぬ男爵令嬢テレネッツァに嫌がらせをしたと言いがかりを付けられた上、 大勢の取り巻きに糾弾され、すべての罪を被れとまで言われた彼女は、ついに我慢することをやめた。 「この場を去る前に、最後に一つだけお願いしてもよろしいでしょうか」 乱れ飛ぶ罵声、弾け飛ぶイケメン── 手のひらはドリルのように回転し、舞踏会は血に染まった。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

元婚約者は戻らない

基本二度寝
恋愛
侯爵家の子息カルバンは実行した。 人前で伯爵令嬢ナユリーナに、婚約破棄を告げてやった。 カルバンから破棄した婚約は、ナユリーナに瑕疵がつく。 そうなれば、彼女はもうまともな縁談は望めない。 見目は良いが気の強いナユリーナ。 彼女を愛人として拾ってやれば、カルバンに感謝して大人しい女になるはずだと考えた。 二話完結+余談

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。