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裁判が始まりました
第十二話 完全に詰みましたわ
しおりを挟む「はい。いずれ私は、宰相の職に必ず就きます」
就きたい、ではないのですね。
それにしても……数分前とは違い、朗らかな、憑き物がとれたかのような笑顔で答えるクニール様に迷いはありませんでした。
「……何故とお訊きしてもよろしいかしら?」
クニール様が宰相を目指すこと自体、特におかしいことではありませんわ。それなりの実力も頭もありそうですし。ただ、タイミングがあまりにも不自然過ぎて、そう尋ねずはいられませんでした。
「セリア皇女殿下、貴女の背中を護りたいのです」
おかしなことを。私の背中を護る? それが、宰相の職とどういう繋がりがあるのでしょう。再度尋ねます。
「……私の背中を護るとは?」
「はい。貴女はこのコンフォート皇国を誰よりも愛し、その身を盾になさっておられます。コンフォ伯爵様と一緒に。悔しいですが、私には貴女の隣に立つ実力はありません。ならばせめて、貴女が愛するこの皇国を、違う形で共に護りたいのです。……軽蔑されても構いません。邪な想いで、宰相の地位を目指す自分が悪いのですから」
言葉一つ一つに、私に対しての想いを感じます。少々重い気がしますが。だからと言って、その想いを否定などできません。断るのと否定は違うと思うから。
「軽蔑はいたしませんわ。どのような理由だとしても、コンフォート皇国を護りたい気持ちに嘘はないようですから。それとも、私が軽蔑したら止める程度の覚悟ですか? ならば、諦めた方が賢明だと思います」
生半可な気持ちで務まるほど、宰相の地位は低くも甘くもありませんよ。時には、皇帝陛下に代わり、皇国の運命を左右する決断を下さなければならない場合もあるのです。その身に掛かる責任も、他の役職とは段違いでしょう。
ゆえに、理由など何でもいい。最悪理由がなくてもいい。どんなに邪でも、些細なものでも。大切なのは、皇国を護りたいという強い思いだけだと、私は考えます。
「安心いたしました。やはり、貴女は全く変わっていらっしゃらない。私が唯一愛する方だ」
言葉を飾らずに伝えられる想いーー
シオン様以外の男性から、熱を帯びた目で見詰められ、免疫が全然ない私は内心焦りまくっています。
そんな私を、クニール様は微笑みながら見詰め腕を伸ばしてきました。
しかし、途中でその手はピタッと止まります。クニール様は私ではなく、私の背後に視線を向けたまま固まっています。
「クニール様、私の婚約者に無闇に触ろうとしないでいただきたい」
明らかに不機嫌で怒りを含んだシオン様の声に、クニール様は表面上は平然としながら、渋々手を引っ込めます。
反対に私は、気配もなく、空気の乱れもない登場に、さすがシオン様だと感心していました。
そんな私を見て、シオン様は苦笑していますわ。でも直ぐに、視線はクニール様に向きました。見上げる形なせいか、シオン様の口元は見えますが目までは見えません。
しかし、クニール様の表情が再度凍り付き、唾を飲み込むのを見て、容易に想像付きますわ。口元は笑みを浮かべていても、目が全く笑っていないことが。その様は、魔物でもたじろぐ迫力がありますもの。
……やっぱり、クニール様、かなりの場数を踏んでいらっしゃるわね。シオン様の視線を真正面から受け止めて、この反応、相当の手練でなければありえませんわ。
私に対し特別な感情を持っていらっしゃらなくて、且つ次男か三男なら、即勧誘いたしましたわ。本当に勿体ないですわね。貴重な貴重な人材が……
「……も、申し訳ありません。コンフォ伯爵様」
言葉に詰まりながらも答えるクニール様。
「次は容赦しない」
「わかりました」
シオン様の警告に、クニール様は低い声で一言そう答えました。その後、シオン様は残念がる私に手を差し出し告げました。
「……セリア、冷えてきた、皇宮に戻ろうか。ん? どうかしたか?」
反応が遅れた私を見下ろすシオン様の目が、とてもとても怖いです。シオン様は戸惑う私の手をガシッと掴み、私は半ば強制的に立たされました。そのまま腰に手を回されます。自然と密着する体。わざとですね、シオン様。
「では、失礼する」
シオン様はそう短く言い放つと、私の腰を抱いたまま皇宮へと歩いて行きます。
クニール様に声が聞こえない所までくると、シオン様は屈み私の耳元で呟きました。
「俺の前で間男に気を許すなんて、悪い子だな。男が如何に危険か、じっくりと教え込む必要があるな」
か、完全に地雷を踏みました。片足だけでなく両足共。
今すぐ逃げ出したいです。そう思った途端、腰を抱いている手に力がはいります。反射的に逃げようと思ったのがバレたみたいです。怖くて顔が上げれませんわ。
「この俺から逃げられると思うな」
完全に詰みましたわ……
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