上 下
216 / 331
裁判が始まりました

第十一話 聞き間違いではありませんよね

しおりを挟む


 外は雲一つない晴天。

 うってかわって、皇宮内は前日からピリピリした空気が漂っていて落ち着きませんわ。

 そこまで警戒なさらずともよいのでは。

 そう口にしそうになります。

 今さら、私とシオン様の間に亀裂が走るわけありませんのに。何をそこまで心配しているのか……溜め息が出ますわ。

 それに例え、クニール様の性癖が特殊であったとしても、私には関係ありません。だって、私に指一本触れることはできないでしょ。そうですね……妄想されるかもしれませんが、クニール様のことだから黙っていると思いますわ。心情的にはとても嫌ですが、そこまで取り締まることはできませんし、心の中で想うのは自由ですわ。

 いくら想われても、私がクニール様になびくことは、天と地がひっくり返ってもありません。

 わかりきっていることなのに、何故そこまで心配するのでしょう。

 先祖返りのシオン様はまだ理解はできますが、お父様やリム兄様、スミスたちまでもがシオン様寄りなのは何故? 

 あぁ、もう!! そんな目で私を見ないでくださいませ、シオン様。コンフォートの護り神と呼ばれる武人が、目で行かないでくれと訴える姿は、悶てしまうほど可愛くて、つい意地悪をしたくなりますわ。

 離れたくない気持ちを、無理矢理私は抑えつけます。

「セリア、行くのか……」

 力ない声で、シオン様は私を引き止めます。私は心を鬼にして、シオン様から離れました。

「行きます。約束していますので」

 そう、今日はクニール様と約束した日なのです。




「セリア皇女殿下、お忙しい中、私のために時間をとっていただきありがとうございます」

 クニール様はそう挨拶をしながら私に一礼します。

 シオン様の視線をヒシヒシと感じますわ。当然、クニール様も気付いていらっしゃる筈なのに、彼は平然としていますわね。

 それどころか、破顔したクニール様の顔を見て、私は照れてしまいます。とても嬉しそうに微笑むんですもの。いくら鈍感な私でも、クニール様の好意には気付きます。正直、嫌ではありませんわ。……それにしても、シオン様と隊長たち以外に、私に好意を抱く物好きがいるとは思いもしませんでしたわ。

「堅苦しい挨拶は不要ですわ、クニール様。さぁ、お座りになって」

 スミスが軽く椅子を引き、クニール様は促されるまま腰を下ろします。侍女がクニール様の前にお茶を出します。

「クニール様は甘い物が好きかしら? 私が贔屓にしているお店の新作なの」

 季節のフルーツがたっぷりとのったタルトを薦めます。

 クニール様が意外と甘いもの好きなのは、以前の調べでわかっていましたからね。招く側が客の好みを把握するのは当然ですわ。

「美味しそうですね、セリア皇女殿下。いただきます」

「どうぞ」

 私が許可すると、クニール様はタルトを一口大に切り分け口に運びます。

「…………美味しい」

「それは良かったですわ。……どうかしましたか? クニール様」

 ふと、手を止めたクニール様に尋ねます。

「いえ、てっきり、コンフォ伯爵様も御一緒だと思っていましたので」

「さすがに、それはありませんわ」

 引き止めようと、躍起になっていましたが。

「そうですか? 裁判所の御様子から、御一緒されると考えておりました。ずっと、私に対し、殺気を放っていましたから」

 ……確かに、放ってましたね。フォローができませんわ。

「色々と警戒されていますから、仕方ありませんわ」

「警戒ですか……それは、私が送った手紙ですか」

「ええ。……クニール様に申し訳ないのですが、その手紙は何を書いてあったのです?」

「やはり、お読みになっていらっしゃらないのですね」

 美形の方が憂い顔を浮かべると絵になりますわね。

「包み隠さずに申せば、手紙が届いていることさえ知りませんでしたわ」

 今度は悲壮感が漂っていますわ。でも、どこかホッとした表情ですわね。

「そうですか……今思えば、手紙を読まれなかったことが却ってよかったと思います。あの頃は、返事がないせいで意地になっていましたから、少々行き過ぎた感がありましたし。もし読まれていたら、このような場をもたれることはなかったかもしれません」

 書いた本人からそこまで言われると、却って、手紙の内容が気になりますわね。

「今はどうなのです?」

 私はわざと確信をつく質問をしました。有耶無耶にはできませんもの。

「訊きますか。私はセリア皇女殿下、貴女のことを愛しております。昔も今も、そしてこれから先も」

 真摯で熱を帯びた目で告白されました。

「クニール様。私はその気持ちに答えることはできませんわ。私は心から愛する方がいます」

「コンフォ伯爵様ですね。彼以外なら、私は貴女を力づくでも手に入れていたでしょう。どんな手を使っても。いえ、違いますね。コンフォ伯爵様でも、戦いを挑んでいたと思います」

 悲しげな、苦しげな笑みを浮かべながら、クニール様は告げます。

「でも、しなかった」

「ええ。できなかった。貴女がそのピアスを嬉しそうに自慢していたのを見たら、できなくなりました。私は貴女を幸せにしたいのです。隣に立つのが自分でなかったとしても」

「クニール様……」

 言葉に困ります。

「セリア皇女殿下を困らせるつもりはありません。反対に、私は感謝しているのです。これで、自分の気持ちに一区切りができましたから。ありがとうございます」

「…………」

 言葉が見つかりませんわ。

「なので、私は次の宰相を目指すことにします」

 宰相!? 聞き間違いではありませんよね……何故、宰相に? というか、このタイミングで?

「……宰相にですか?」

 困惑しながらも尋ねます。すると、とんでもない爆弾発言をされましたわ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

【完結】本当の悪役令嬢とは

仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。 甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。 『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も 公爵家の本気というものを。 ※HOT最高1位!ありがとうございます!

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。