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裁判が始まりました

第十話 意地悪ですわ

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 民事裁判が終わるまでの一か月間、これまでの中で一番早く時間が過ぎ去りましたわ。

 でもこれで、私とシオン様が仮面婚約者ではないと皆に証明できました。疑う者はいないでしょう。いたとしても、口にしないと思いますわ。だって、元ゴードン伯爵家の皆様のようにはなりたくないでしょ。ある意味、良い抑止力になりましたわ。まぁ、彼らは私が手を下すまでもなく、自滅しましたけどね。

 やっと……元ゴードン伯爵家のことが解決し、憂いも払拭できたのに、また新たな問題が勃発しましたの。

 そのせいで、私とシオン様の間に流れる空気は、凪状態ではなく、嵐が来る前のような高波で荒れています。

 そもそもの原因は私なんですけどね……

 事の発端は、裁判所内の廊下で、クニール様に呼び止められたことですね。

 要件は、話をする時間が貰えないかというものでした。私は了承し、後日時間をとることにしましたの。

 場所はクニール公爵家ではなく皇宮で。

 もちろん、周囲に近衛騎士を配置し、要らぬ憶測を生まないように配慮をしたうえでですわ。とはいえ、いくら配慮をしても、シオン様の機嫌は治らないのでしょうけど。

「……まだ、怒っているのですか?」

 竜人の特性はよく知っていますが、今回は致し方ないと思いますの。私に好意を持っている男性ですけどね。

「怒ってはいない。嫌なだけだ」

 ブスッとした表情で答える、シオン様。

 完全に拗ねてますわね。いつもは男らしくて、とても格好いいシオン様が、この時ばかりはとても可愛く見えますわ。

「別にクニール様と二人っきりで会うわけではありませんわ。スミスも同席しますし、侍女も同席します。当然、近衛騎士もですわ。シオン様が心配なさるような問題は一切起きませんわ」

 と言っても、安心できないのでしょうね。

 本当に、竜人の特性は厄介ですわね。でも、それを含めて、私の愛するシオン様ですもの。全てが愛しいですわ。

「それでも、嫌だ」

「ならば、同席なさいますか?」

 そう提案しても、たぶん、シオン様は頷かないでしょうね。ご自身の年齢が邪魔して、素直になれないでしょうから。

「それは……」

 あら、悩んでいらっしゃいますわ。てっきり、即否定すると思いましたのに。

 シオン様は眉間に皺を寄せ、難しい表情で唸っています。魔物と対峙する時よりも、迫力がありますわね。他人が今のシオン様を見たら、絶対腰を抜かすと思いますわ。でも私は、そんなシオン様を見て、嬉しくなるのです。だから、自然と口元に笑みが浮かびます。

「シオン様、そんなに皺を寄せたら、本当に皺になってしまいますわよ」

 そう言いながら、私はシオン様の眉間を指先で突きます。

 すると、シオン様に手首を掴まれました。そのまま手の甲にキスをされます。終わっても、離してくれません。乱暴に振り払うこともできません。

 手の甲に感じた熱さが、私の全身に伝わり広がります。すると、

「熱があるのか? 熱いぞ」

 ニヤリと笑いながら、シオン様は訊いてきました。私が照れて赤くなっているだけってわかっていながら。

 意地悪ですわ。

 とてもとても、意地悪ですわ。

 こういう行為に、まだ慣れていないのを知っている筈なのに。知ってて、そんなことを言うなんて。自分から仕掛ける時は、大胆なことができますわ。でも、される側は一向に慣れませんの。

 照れて、真っ赤になっている私を、シオン様は人が悪い笑みを浮かべながら見ています。その間も、何度も手の甲にキスをします。

 つまりこれは、シオン様なりのお仕置きってことですか。ならば、私にも考えがありますわ。

「…………なら、シオン様が治療してください」

 真っ赤な顔をし、目を潤ませながら、私はシオン様を見上げます。

 以前、侍女の一人から必殺技を習いましたの。これで、大概の男性は墜ちると。

 ゴクリとシオン様が唾を飲み込みます。そして手を離し、両腕を掴むと、噛み付くようなキスを仕掛けてきました。

「悪い子だな。どこで習ったんだ?」

 私に答える余裕なんてありませんわ。

「俺以外にそんな顔を見せたら、許さない」

 するわけありませんわ。反論したくても、声になりませんでした。

「……お仕置きだ」

 シオン様が離してくれたのは、私が腰を抜かした後でした。

 
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