婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

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裁判が始まりました

第八話 穢れますわ

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「……一か月前でしたわ。全身ボロボロの状態で、足を引きずりながら歩く女性を保護しましたの。誰だと思います? ゴードン伯爵。貴方のご息女アリーヌ様ですわ」

 そう告げると、さっきまで青い顔色だったゴードン伯爵の顔色がみるみる間に赤色へと変わります。

 そこに、安堵と心配はない。

 あるのは、激しい怒りだけ。

 自分が長年繰り返ししてきたことを暴露され、敵である私が保護した事実が、伯爵の中で激しい怒りへと繋がったようです。

 もしかして、私に嵌められたと考えているのでしょうか? だとしたら、考え違いもいいところですわ。身から出たさびでしょう。自業自得ですわ。

 誰が仰ったか忘れましたが、家族は似るものらしいですわ。ほんと、そうですわね。ゴードン伯爵家の方々は、自分の進退にしか考えが向いていませもの。子供や姉の心配なんて全くしていません。その様に心底虫唾が走りますわ。

「ならば、何故、当家に報せなかった!?」
 
 もはや、敬語すらも忘れてしまったのですね。嘆かわしい。

 唾を飛ばしながらゴードン伯爵が怒鳴るのを見て、私は不愉快で顔を歪めてしまう。

 民事裁判から一転、刑事裁判の様相を呈してきたことに、傍聴席は緊張に包まれています。少しだけ、ざわ付いていました。

 裁判官はゴードン伯爵家の罪状を知っています。なので、この流れは予想していたのでしょう。特に驚くことなく、静観していらっしゃいます。クニール様は一歩下がり、同じように静観しています。気配も消して。

「何故、加害者に報せる必要があるのです?」

 首を傾げながら尋ねます。

「なっ!? 失礼な!! 私は躾をしただけだ!!」

「そうですわ!! 親が子を躾けるのは当たり前のこと。それが悪いなんて、横暴な!!」

 喚き散らすゴードン伯爵夫妻を、私は冷めた目で見下ろします。

 ありきたりな言い訳だこと。過剰な暴力を躾とは……最低ですわね。本来、躾けるべき子供を躾けずに、躾けなくていい子供を過剰までに躾けと称して暴力を振るう。弱い者を虐げる、胸糞悪い話ですわ。

「……無数の打ち身に擦り傷、骨折が、栄養不良が、躾だと仰るのですか……。ご存知ですか? それは躾ではなく、体罰というのですよ。ただの暴力ですわ」

 傍聴席から「酷い!!」「それでも、親か!!」とヤジが飛ぶ。

 同感ですわ。

「大袈裟な!!」

「そこまでして、私たちを貶めたいのですか!? それが、皇女のすることですか!?」

「酷い!! 酷過ぎるわ!! 私たちから、これ以上、何を奪い取ればいいの!! 本当、醜い女ね!!」

 うるさいですわ。喚けばいいと思ってるのかしら。喚いたところで、減罪されるわけではありませんわ。却って、罪は加算されるでしょうね。忘れていらっしゃるかもしれませんが、ここは裁判所ですわよ。当然、発言も記録されています。

「……私が貴女から何を奪ったのか、教えて欲しいですわ。まぁ、それは後で構いませんが、大袈裟とは人聞きが悪いことを仰るのね。私は医者ではありませんから、ちゃんと詰所に届けてから、に所属しているにお診せしましたわ」

 何驚いているのです? この私が、民間や皇家所属の医者に診せるわけありませんわ。要らぬ詮索をされますからね。今の貴方がたのように。そこを突こうと考えているのが、丸わかりですわ。

 言葉も出ませんわね。悔しそうに顔を歪めても仕方ありませんわ。さぁ、どう出ます。

「クッ……行き過ぎたかもしれないが、躾だ」

 苦しい言い訳だこと。躾だと押し通すしかありませんものね。

「躾ですか……あくまで、愛情があってのことだと仰るの?」

 どう答えるかしら。楽しみですわ。

「子供に愛情を抱かない親はいない」

 断言しましたわね。その言葉を。愛情? 貴方がたが口にしていい言葉ではありませんわ。

「愛情?」

 本当はニヤリと笑いながら訊きたかったけど、ここは我慢して、首を傾げながら尋ねます。扇が持ち込めないのは痛いですわ。

「私は家族を子供たちを、何よりも愛している」

 キマったと思っていますね。

「なら、お訊きしますが、一か月も未婚の娘が屋敷にいなくて心配ではありませんの? 何故、詰所に届けないのです? 自兵を使って捜させたりはしてませんよね。何より、私がアリーヌ様の名前を口にするまで、一度もアリーヌ様の名前を口にしましたか? 容態を訊きましたか?」

「「…………」」

 ゴードン伯爵夫妻は唇を噛み締め、私を睨み付けていますわ。

「愛情などと……子供を己の都合のいい道具にしか思ってない方に、その言葉を口にしてほしくはありませんわ。貴方がたに愛情を語る資格はありません。愛情を免罪符に使わないでほしいですわ。穢れますから」

 表情が抜け落ち、崩れ落ちるゴードン伯爵夫妻。まだ元気があるのはセリーヌ様だけ。

 何故、まだ元気なのかしら? 私たちの会話を間近で聞いていたのに。理解していないのか、それとも自分の都合がいいように解釈しているのか、どちらでもいいですわ。こういうお花畑さんには、何を言っても無駄なことは学習済みですから。



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