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裁判が始まりました

第四話 その方がサクサク進みますからね

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 高位貴族の中でも有名なクニール様の登場に、少しざわついていた傍聴席は、シーンと水をうったように静まります。

 当の本人は焦る様子は全く見えませんね。それどこか余裕があるようにさえ見えます。

 反対に余裕がないのは、セリーヌ様のようですね。クニール様を見て興奮なさっておいでですわ。私に対して見せたものとは明らかに違う姿に、傍聴席からは「はしたない」という声が上がってますね。私も思わず眉を顰めそうになりますもの。酷いですわね。まるで、繁殖期に入ったかのようですわ。セリーヌ様は人間ですよね?

「では、クニール様にお尋ねします」

 淡々と宣誓を終えたクニール様に、さっそく裁判官が尋ねます。

「はい。何でしょう?」

「まず始めに、ゴードン嬢が、クニール様の元婚約者に間違いありませんか?」

「はい。間違いありません」

「何故、婚約破棄を?」

「性格の不一致です」

 クニール様がそう答えた瞬間、「嘘よ!!」という声が響きました。勿論、声の主はセリーヌ様ですわ。

「ゴードン嬢、許可せずに、発言することを許可してはいない。以後、勝手な発言はしないように」

 そう裁判官から注意されたすぐ後で、「酷い!! 意地悪だわ」と叫んでいますわ。注意するだけ時間の無駄ですわね。

 裁判官はとうとう諦めたのか、小さく溜め息を吐いてから、気を取り直してクニール様に視線を戻す。

「性格の不一致ですか……確かに、届け出にはそうなっていますね。しかし、別の噂が流れているのはご存知でしょうか?」

 確信を突いてきましたね、裁判官。

「はい、知っています。私の不貞が原因だと囁かれていますね」

 表情を変えることなく答える、クニール様。

 ゴードン伯爵家の皆様が、それ見たことかと、得意気な表情で私を見ています。不愉快な視線ですが、ここはグッと我慢しましょう。後のお楽しみのために。

「相手は誰ですか?」

「いません」

 クニール様がはっきりとそう断言すると、またしてもセリーヌ様が騒ぎ出す。今度は御両親も一緒に。

「いないと?」

 裁判官はゴードン伯爵家の方々を完全に無視してますわね。疲れるだけですもの。

「はい。初恋を不貞だと言われたら、大概の方は不貞をしていることになりますね。……確かに、私はその方を心から愛しております。彼女のおかげで、私は傲慢な性格に気付かされました。もう十年以上前になりますが」

「会ってはいないと?」

 裁判官の問いに、クニール様は動揺することなく答えます。

「私が彼女と会ったのは、幼い頃の一回だけです。言葉を交わしたのも、それ一回だけです。当然、手紙の交換もしておりません。幼い頃は何度か出しましたが」

 私の手元に一通も届きませんでしたが。

「間違いありませんか?」

 再度、裁判官が確かめる発言と被るように、セリーヌ様は叫ぶ。

「嘘よ!! のために翡翠のピアスを作ってたじゃない!?」

 その声で、傍聴席の方々はクニール様の初恋の相手が私だと知られました。少しざわつきましたが、すぐに静まります。

「確かに、ゴードン嬢の言う通り、私は翡翠のピアスをオーダーメイドした。到底、渡せるものではないが……自分を慰めるために。しかし、注文したのは、君との婚約を破棄してからだ。君に責められるいわれはない」

 初めて、クニール様が不快な表情で反論します。何故か、傍聴席から黄色い声が上がります。何故でしょう?

 その疑問はさておき、嘘ではありません。スミスの調べでも、クニール様がピアスをオーダーメイドしたのは、婚約破棄の手続きが全て終了した後でした。確かに、責められることではありませんね。これが婚約中、ないしは、手続き中なら責められますが。

「一年前、その女を見てからおかしくなったじゃない!!」

 一年前? もしかして、あの祝賀会ですか……懐かしいですわね。あの騒動がなければ、シオン様と婚約することはありませんでしたもの。今の幸せは、あの日から始まりましたわね。

「昔と変わらない気高く美しい彼女を見て、思わず視線を奪われたのは事実です。それを見られていたとはーー。しかし、その時既に、クニール公爵家とゴードン伯爵家の間で、婚約破棄に関して協議していた筈だが」

 それも調べ通りですわ。

「そんな、でまかせ、信じられるわけないじゃない!! その女が社交界に出るようになったから、私が邪魔で婚約破棄したんでしょ!! 酷いわ……私の心を弄んで捨てるなんて……」

 セリーヌ様は泣き崩れます。またですか。その三文芝居にも呆々ですわ。

 それにしても、「でまかせ」ですか。伯爵家の者が次期公爵に対し大した口のきき方ですわね。まぁ私のことも「あの女」呼びですけどね。それに関しては、最後に纏めて思い知らせてやりますけどね。今は、話の腰を折るわけにはいきませんもの。

 なので裁判官と私は、黙って、セリーヌ様とクニール様のやり取りを聞いていました。その方がサクサクと進むと思ったからです。

 それにしても、お父様たちはクニール様の何を警戒なさっておいでなのでしょう? ここまでの発言は常識人のようですが。まぁ、かなり癖はあるように見えますけど。手紙を発表する必要はないですね。とても気になりますが。

「そう言われても、事実そうですからね。それに……何故、婚約破棄したのか、その理由はきちんとゴードン伯爵夫妻にも、貴女にもお伝えしている筈ですか」

 おや? ここに来て、新事実ですか。それは是非とも聞きたいですね。


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