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覚悟はよろしくて
第十八話 新たな道への一歩
しおりを挟む「新しい道を選びます」
短い時間の中で考えた上で、アリーヌ様はそう決断し告げた。
一見、淡々と聞こえる声音。
そこからは、悲しみも辛さも、そして不安も、厳しささえも感じられませんでした。だからこそ、決意の堅さが、その重さがヒシヒシと伝わってくるのです。
貴族令嬢であるアリーヌ様が、全てを切り捨てる道を選んだ時、平静に見えるその内面下ではどれ程の葛藤があったでしょう。
家族よりも自分が生き残る道を選んだーー。
その決断を薄情者だと詰る者もいるでしょう。しかし、私はそう思いませんわ。少なくとも、彼女は安易な気持ちで選んだわけではないのだから。
ならばせめて、私はその道を指し示した者として、責任の一端を担いましょう。
「わかりましたわ。ではまず、アリーヌ様には医師の診断を受けてもらいます」
「医師の診断ですか?」
「ええ。裁判所に属している専門医師に診てもらいます。そのドレスの下に隠れている火傷や傷痕の確認と今の健康状態を」
その目的は、診断書を裁判所に送り、アリーヌがゴードン伯爵家で、長年にわたり虐待されていたことを印象付けます。
つまり、私に対しての不敬は、ゴードン伯爵家からの命令だと言う形に持っていく。または、不敬だとわかっていたが、家族が怖くて何も言えなかったと。そうすれば、他の家族とは違い、貴族籍の剥奪で済むでしょう。社会的にも罪を贖ったことになりますからね。
「…………気付いていらっしゃったのですね」
緊張からか、苦しそうに吐き出す息のような小さな声で、アリーヌ様は答えます。左手で右腕を掴み隠しながら。私はその様子を見ながら軽く頷き答えます。
「一番最初に会った時、貴女は妹を庇った。その時、チラリと袖口から見えましたの、右腕の内側の傷痕が。それ刃物の傷ですよね」
私がそう告げると、更に強く腕を掴むアリーヌ様。
いろいろな傷痕を見ている私にとって、刃物による傷かどうかなど一瞬で判別できますわ。おそらく、どこにでもある小型のナイフですね。
今もそうですが、アリーヌ様が今掴んでいる左手の下に傷痕があるのでしょう。火傷に関しては、手の者による報告から知りましたわ。熱い液体を何度も掛けられたようで、肩から背中にかけて皮膚が爛れ引きつったようになっていると。医者には診せていないせいだ、とも追記で記してありましたわ。
普通なら、考えられないことです。考えさえしないでしょう。火傷の傷をそのままにしているなんて。それも何度もーー。
明らかに虐待ですわ。
「…………はい」
火傷の傷もそうですが、普通に生活する貴族令嬢に、刃物による傷痕など付くはずはありません。平民であってもです。
つまりそれは、誰かの手によって行為に付いたものーーと、考えられますね。
おそらく、近親者によってでしょうね。許されない所業ですわ。獣以下ですわね。思考も普通の人と違いますから、何か化け物が人間の皮を被ったと思いますわ。まぁ、人間の皮を被っているのですから、人間として裁かれますけどね。
この案件、虐待事件でなく、殺人未遂として問うべきだと思いますわ。
でも、それを私から進言することはありませんわ。私はあくまで裁判を起こした側ですから。アリーヌ様の件も、私は完全な裏方ですからね。なので、
「詳しくは訊きませんわ。他人である私に聞かれたくはないでしょうから。ただ……今からご紹介する医者と役人には真実を語りなさい。それが、貴女が新たな道を踏み出す一歩になるのだから」
何も聞かない私からの忠告ですわ。
「わかりました……」
アリーヌ様はそう答えると、侍女と一緒にその場から退席しました。私に対し、頭を下げてから。
二人の姿が消えた後、淹れなおした紅茶を飲みながら私はスミスから報告を受けます。
「そう。実家に返された元侯爵夫人がゴードン伯爵夫人と一緒にね……。スミス、愚かな者は、どこまでも愚かなのですね」
「ええ。愚かさを極めていますから、当然の行動でしょう」
本当に良い笑顔ですね、スミス。そういう私も、スミス以上に良い笑顔でしょうけど。アリーヌ様には見せれませんね。
何もせずに、動かずにいれば、まだよかったものの。せっかく、夫が最低限でも貴族として生きれるよう護ってもらったのに、それを無駄にするなんて……本当に愚かですわ。さすが、親友ですわね。類は友を呼ぶ。まさに言葉通りだわ。
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