婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

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1巻

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 言い直したつもりの馬鹿子息は、まだすがりつこうとしてきます。それを止めたのはお父様でした。

「衛兵、この男を地下牢に放り込んでおけ!! ついでに、この女もな」

 お父様はアンナを指差します。

「はっ!!」

 駆け寄ってきた近衛騎士たちは、両脇から腕をつかみ乱暴に馬鹿子息とアンナを立たせると、なかば引きりながらパーティー会場から出ていきました。もちろん、元公爵様もです。
 やっと、静かになりましたね。最後まで往生際が悪かったですが。
 邪魔者が排除され、ずっと止まっていた音楽が流れ出しました。徐々に元に戻り出す会場内。
 そんな中、お父様が私に手を差し出してきました。もしかして、ファーストダンスのお誘いですか。あの馬鹿子息の代わりに相手をしてくださるの。嫌だと言っても、絶対引きませんよね。ならここは、素直に踊りましょうか。代わりといってはなんですが、一つ希望をきいてもらいましょう。

「皇帝陛下。いえ、お父様。一つお願いがありますの。あの馬鹿子息とあの女を私にくださいませんか」

 くれますよね。もしくれなかったら、侍女二人が何をするかわかりませんよ。もちろん、私は止めませんわ。


「やっぱり、娘と踊るのが一番楽しいな」

 パーティーが終わった数日後、しみじみと紅茶を飲みながらつぶやいているのは、お父様です。まるでお祖父様のような台詞せりふですわね。まだ、三十代後半でしょう。見た目は二十代なかばですが。

「父上。その台詞せりふ、嘘っぽいですよ」

 苦笑しながら、私の気持ちを代弁してくれたのは一番上のお兄様です。ちなみに私は三兄妹の末っ子です。姉はいませんよ。
 そうそう。リム兄様もあのパーティーに参加していました。ええ、間違いなく参加してました。ジム兄様は家出中なので不参加でしたが。

「それはひどいぞ、リム」

 お父様は苦笑しながら答えます。
 パーティーの時も思ったのですが、この手の台詞せりふをお父様が言うと、やけに白々しく感じてしまいますわ。
 といって、お父様が私たち子供に対して愛情がないわけじゃありませんの。ただ、父親である前に皇帝陛下なのです。皇国や民が優先なのです。
 幼い時は幾度も寂しい想いをしてきましたが、今はわかります。これが、国を背負うということなのだと。

「リム兄様の言う通りですわ。でもリム兄様もひどいですわ。妹がしいたげられてるのに、助けにきてくださらないんですから」
「私が行く必要がないだろ」
「まぁ、そうですけど、それでも助けにきてほしかったわ」

 ちょっとねてみせます。すると、少し困った顔をしながらリム兄様が言いました。

「本当にしいたげられていたならな」

 それはどういう意味でしょう。

しいたげられてましたよ? 婚約してからずっと。冤罪まで掛けられましたし」
「そうか。なら、そういうことにしとこう」

 おや? もしかして、お兄様気付いてらっしゃるの。
 そう……気付いていたのですね。さすが、リム兄様です。その顔はいろいろご存じのようですね。一度もその件について、お父様やリム兄様と話したことはありませんのに。まぁ、お父様も私に相談してくれませんでしたが。話してくれたらって、少しは思いましたよ。そうですね。良い機会です。そろそろ腹を割って話しましょうか。まず、私から。

「でも、まぁこれで、国の財源を削らずに済みますね、お父様」

 公爵領の鉱山からミスリル鉱石が発見されたのが、六年前。
 その一年後、私の婚約が決まりました。
 お父様の意図は、それとなくだけど察していましたわ。
 お父様はミスリル鉱山が欲しいのだと。それは私も同じでした。
 だからスミール様が初対面であのような態度をとられても、婚約を解消しようとは口にしませんでした。本心をひた隠しにしながら、私さえ我慢すればいいと思っていましたわ。自己犠牲が美徳とは言いません。ただ……間近で見続けてきましたの。
 魔の森での討伐の現状を――
 討伐には正直莫大なお金が掛かります。とりでを維持し、装備を常に整えなければなりません。そして、兵士たちの給料と万が一の時の手当。その他の雑費をいれると、それはそれは毎月、かなりの額になるのです。しかし、それを削るわけにはいきません。皇国の生命線につながるからです。
 魔物から取れる魔石や解体の品を売ってもまかないきれません。なので、足りない分は皇国から出ていました。皇国復興のための同盟国から借りたお金は払い終えていますけど、それでも、国庫を圧迫しています。
 今回の件で、喜々としてお父様は公爵の領地を没収するでしょう。そして皇国領にする。
 結果、ミスリル鉱山を手に入れるのに成功します。
 これで、国庫は潤うでしょう。
 ほんと、スミール様が馬鹿で助かりましたわ。やらかした罪は軽くはなりませんが。

「ああ。これで、国庫の負担はかなり抑えられるな」

 悪びれることなく、お父様は答えます。

「例の件も進められますね、父上」
「そうだな。あのくずのおかげで表立って反対する者は少なくなるな」
「例の件って、何です? リム兄様」

 私だけけ者は嫌ですわ。

「セリアには話していなかったか。ここ最近、辺境地の重要性を軽視する者が多い。特に、学院の生徒だ。彼らが親になったらと思うと将来が心配でね。父上と話していたんだよ。そろそろ、矯正が必要じゃないかって」

 お父様の代わりにリム兄様が教えてくれました。

「それはナイスアイデアです。徹底的に矯正しましょう。もちろん、お手伝いしますわ。それで、どういう方法で?」
「新しく、合宿所のようなものを建てようかと考えてるんだけど、セリアはどう思う?」

 リム兄様に意見を求められました。

「そうですね。合宿所ですか……。ならば、必須の単位として組み込んではどうでしょう? 同時に人間性も見られますわよ。リム兄様が皇帝になった時、それは大いに役に立つんじゃないかしら」

 なるほどと、リム兄様は考え込んでます。

「そうそう。もし、合宿所を建てるのなら、必ず入所者に一筆書いてもらってくださいね。〈体の一部が失われたり、あるいは寝たきり、もしくは死んでも訴えたりはしません〉って。……リム兄様、私、何かおかしなことを言いました? かなり引いてらっしゃいますが。これ、とても大事なことですよ。魔物討伐に関わる者は皆書いてますよ。当然、私も」

 そう答えると、リム兄様は何かショックを受けたようで、弱々しい声でいてきました。

「……書いているのか?」
「はい」

 元気よく答えます。
 リム兄様、どうかしましたか? かなり疲れているようですが。
 反対に、お父様はとても楽しそうですね。

「……ところでセリア、あのくずたちをどうするつもりだ?」

 お父様が突然話題を振ってきました。

「【自動回復の魔法】を掛けてから、侍女たちに渡しますわ。その後は、魔物をおびき寄せるおとりとして働いてもらうつもりです」

 経費削減です。肉屋からお肉を買う代金も積もれば馬鹿になりませんからね。

「リム兄様、大丈夫ですか!? 体調が優れないのでは。顔色が悪いですよ」
「……気にしなくていい」

 リム兄様は途中で退席してしまいました。大丈夫かしら。お医者様呼んだ方がいいんじゃ……お父様はいらないと笑ってますが、後でこっそりお医者様を呼んであげましょう。


 座学と実技は入学してすぐに試験を受けパスしているので、急いで学園に戻る必要はありません。一か月後に控えている実地試験に間に合えば特に問題ないです。
 学園は学院とは違い、超実力主義の学校ですから実力さえ学園側に示せれば、最低限の出席日数でも進級できます。事実、クラスメートが全員揃ったのは入学式と実地試験だけですわ。私が学園を選んだ理由はまさにそこですね。
 学園では皇族も貴族も平民も関係ありません。皆、同じ入学試験を受け、実力に応じたクラスに割り振られます。
 つまり実力がなければ、皇族であっても最下位クラスになります。まぁ、皇族や貴族がそうなったら、かなり白い目で見られるでしょうが、勉強を怠っただけのこと。自業自得ですね。
 反対に、最下位クラスからのし上がってくる強者もいますよ。
 ちなみに、私は最上位のSクラスです。日々努力していますから。
 それはさておき、魔の森を迂回うかいしなければいけませんから本来なら移動時間だけで、隣国までは優に一か月以上掛かる距離です。魔の森を横断すれば二週間で着きますが、こちらはお薦めできません。命が幾つあっても足りませんよ。
 本来なら、とっくに出発していないと間に合わないのですが、【転移魔法】が使えるので、ギリギリまでこっちにいられます。最悪、当日の早朝に戻ればいいでしょう。その分魔力の消費は大きいですが、特に問題ありません。鍛え方が違いますから十分戦えます。
 なので、家族でお茶会をした翌日、そうそうに辺境地に戻ってきました。魔物が活動期に入ってましたし。もちろん、侍女二人と、馬鹿子息とアンナを連れてですよ。

「ただいま戻りました。これ、お土産です」

 今回のお土産は特別です。皆が欲しがっていたものですよ。
 コンフォ伯爵家の敷地内にある私専用の屋敷に戻り、にっこりと微笑みながら、出迎えてくれた皆に馬鹿子息とアンナを手渡しました。
 皆、満面の笑みを浮かべて喜んでくれましたわ。
 主としては、自分を支えてくれる者たちの笑顔は嬉しいものですね。
 そんな私の気分を害する音が足元から聞こえてきます。猿轡さるぐつわを噛まされている二人のうめき声でした。効果音としてはいまいちですね。あっ、侍女二人に踏まれて静かになりました。ほんと、彼女たちは優秀です。そうそう、これだけは伝えておかないと。

「すでに、【自動回復の魔法】と【精神付加の魔法】を掛けてあるので、少々可愛がってあげても大丈夫ですよ。ただし、壊しては駄目です。この後、とりでで働いてもらわなければなりませんから」
とりでですか?」

 執事のスミスがいてきました。ちなみに本名ではありません。暗部で働く者には名前がなく、彼が引退する時に私が名付けました。

「ええ。魔物を誘き寄せるおとりにします」
おとりにですか。その分、経費が浮きますね。しかし、おとりにするなら、【自動回復の魔法】だけでは心もとないのでは。せめて、【自動再生の魔法】を重ね付けした方が長持ちするのではありませんか」

 確かに、スミスの言う通りですね。そこまで気が回りませんでしたわ。限りある命、有効に使わなければいけませんね。途中で壊れてしまってはもったいないですから。
 早速、【自動再生の魔法】を重ね付けしました。ついでに【精神付加の魔法】も強化しましたわ。これで大丈夫、心臓を突かれても死にはしませんわ。傷付いても筋肉が再生されます。

「これで安心ですね。スミール様、アンナ様」

 涙目ですね。もちろん、それは嬉し涙ですよね。泣くほど喜んでいただけるなんて嬉しいですわ。次は魔の森をご案内しますね。それまで、この屋敷でゆっくり寛いでください。侍女たちが誠心誠意、おもてなしをしますから。


「シオン大隊長。ただいま遠征から戻りました」

 お土産を渡した後、その足でとりでに顔を出しました。いろいろ報告することがありますからね。

「いやいや。その言い方はおかしいだろ。実家に顔を出しただけじゃないか」

 焦げ茶の短髪に長身。体躯たいくががっしりしていて、頬に三本の爪痕が残る男性が、呆れた口調で突っ込みを入れてきます。
 この方が、我が皇国の護り神。シオン・コンフォ伯爵様です。お父様より五歳年上で、私の家族と同じく三人のお子様がいらっしゃいます。三人とも、それぞれ辺境地で力を奮っておいでです。今は全員隊長の任を賜っておりますわ。
 今は全員出払ってるようですね。魔物が活動期に入ってるので、パトロール中でしょう。

「それは違いますよ、大隊長。大隊長の代わりに、パーティーに参加したのです。いわば、遠征でしょう。パーティー会場は戦場ですよ。武器の代わりに頭脳と話術を使って味方を引き入れ、敵を潰します。ちなみに装備はコルセットとドレス。ピンヒールですね」
「いや、それは極々一部の連中だろ」

 大隊長、完全に呆れてますね。そんなにおかしなことを言いました? 

「そうですか? 現に今回、敵を家ごと潰してきましたが」

 しれっと答えます。
 敵を倒したのだから、これは立派な遠征ですよね。違いますか?

「はぁ~。いったい、何をやらかしたんだ!?」

 これでもかなり抑えて言ったつもりだったんですが、大隊長は腰を上げると身を乗り出し詰問してきました。

「失礼です、大隊長。私は何もやらかしてはいませんよ。相手が自滅したので、止めを刺しただけですよ。結果、家ごと潰すことになりましたが。ただそれだけですよ」
「ただそれだけってな……。簡単に言うが、どの家を潰したんだ?」
「筆頭公爵家です」

 素直に答えました。

「ほぉ~とうとう潰したか」


 さっきとは全く対応が違いますね、大隊長。そんなに喜んでもらえると、潰してよかったと心から思いますよ。
 大隊長からは何度も、婚約を破棄するように言われてました。お父様にも、何度も諫言かんげんしてくださいましたね。他の隊長たちも知ってました。
 ミスリル鉱山を得るために結ばれた婚約だと――
 だから、事情を知る人は全員、この婚約に反対していました。私が犠牲になることはないと、本気で心配し、怒ってくれました。その気持ちは涙が出る程とても嬉しかったです。だからこそ、私は婚約を破棄しなかった。できなかった。あのパーティーで馬鹿子息が自滅しなかったら、今も婚約を継続していたでしょう。

「はい。冤罪を掛けられ、婚約破棄を言い渡されました」

 あれ……? てっきり、怒鳴りだして暴れると思ったのですが、微動だにしませんね。ちょっと拍子抜けです。

「…………冤罪?」

 ボソッと大隊長がつぶやきます。

「なんでも、スミール様の恋人をいじめたという罪ですね。恋人同伴で責められましたわ」
「学院に通ってないのにか?」

 普通、そこに気付きますよね。

「ええ。そもそも、隣国の学園に通ってるのに、どうやっていじめるんでしょう。ましてや、私が皇女ではなく大隊長の娘だと勘違いしていたみたいで、いろいろひどかったですわ。ほんと元婚約者とはいえ、ありえませんわ」

 呆れながら報告する私の話を、大隊長は黙って聞いている。

「…………そうか。わかった」

 そうつぶやくと、大隊長は立て掛けてあった自分の愛剣を手に取る。

「何処に行くつもりですか?」

 まさか、元公爵家に乗り込むつもりではありませんよね。

「心配しなくていい。あいつらには、すぐ戻ると伝えてくれ」

 私に言伝を頼み、部屋を出ていこうとします。止めなければ。

「心配はしてませんわ。大隊長は強いですから。ただ、皇都にスミール様とその恋人はいませんよ」

 ピタッと大隊長の体が止まります。

「何処にいる?」

 振り返った顔は、まるでオーガのようでしたわ。怒りで顔を赤く染め、眉間みけんに深いしわ。魔物に免疫がない者が見たら、完全に腰を抜かしていましたわね。

「私の屋敷ですわ。お父様にいただいたので。今は屋敷の皆がおもてなしをしてますよ」
「おもてなし……?」
「はい。少々乱暴に可愛がってもいいように、魔法を重ね掛けしときましたわ」
「その目的のために連れてきたんじゃないだろ?」

 さすが、大隊長。わかってらっしゃる。

「はい。魔物をおびき寄せるおとりにしようかと。肉屋から仕入れる生肉や廃棄物も限度がありますし、肉を買うにしてもお金が掛かりますからね。もちろん、死なないようにしていますから、安全面は問題ありませんわ」

 特に安全面を強調します。

「そうか、わかった。後でゆっくり皆で話を聞こう。今日の夜がいいな」

 決定事項です。もう一回、隊長たちの前で話すことになりました。
 果たして私は、あの隊長たちの怒りを鎮めることができるでしょうか。とても、とても心配です。


 その日の晩、大隊長の宣言通り強制連行されました。
 逃げ出さないように小脇に抱えられ連れて行かれた先は、大隊長の本宅です。いつの間に連絡を取ったのか、すでに全員集合していました。仕事は部下に全部任せてきたのですね……

「セリア~~~~」

 いつも以上のハイテンションですね。しばらく会っていなかったから特に高いです。
 反対に私の表情筋は、この瞬間完全に無になりました。だってその声がしたとほぼ同時、私は死に掛けるので。
 まず、柔らかいもので顔全体が圧迫されます。男の人ならうらやましいのかしら。夢見る人もいるんじゃないですか。でも、それは時として立派な凶器になります。そのまま背中に手を回されて完全に動きを封じられます。私には真似できない技です。
 一応、私自身に【身体強化の魔法】を掛けているので骨が折れることはありませんが、息ができません。背中をバンバン叩いて苦しさをアピールします。何かの格闘技ですか。それで、ようやく解放してもらえます。
 この行為、困ったことに会う度に繰り返されています。数分後に会った時もテンションは変わりません。逃げるのは簡単なのですが……逃げたら、もの凄く面倒くさくなります。他部署から苦情が多くくるので、精神的にダメージを受けます。なので、基本されるがままです。もはや無の境地ですね。

「大丈夫だった!? 辛かったよね!? 腹が立ったよね!?」

 両頬を手のひらで挟み上を向かされます。相変わらず良い匂い、ですが今、私の首はグキッとなりましたよ。【身体強化の魔法】を掛けてて正解でした。力入れ過ぎです、ユナ隊長。

「そこまでにしとけ。話が進まないだろ」

 大隊長が苦笑しながら助けてくれました。できればもう少し早く助けてください……
 大隊長の一声で、ガラリと空気が変わりました。重苦しいものに変わります。
 空気から察するに、どうやら私が婚約破棄したことは伝達済みのようです。ユナ隊長の言動で、そうだとは思っていました。
 注意されたユナ隊長は渋々離してくれました。その代わり抱えられ、なかば強制的に隣に座らされます。

「いったい、何があったんだ? 詳しく話してくれ」

 大隊長の言葉に皆の視線が私に集まりました。その視線の強さと鋭さにひるみそうになります。できませんけど。
 詳しくですか……悩みますね。そうですわ、あれがありました。言葉にするよりも、じかにその目で見た方が正確で早いです。
 というわけで、取り出したのはペンダント型の魔法具です。まぁ、後々の証拠の一つとして録画録音していたのですが、ここで役に立ちましたね。
 再生しました。
 段々、空気がひんやり、ピリピリとしてきます。
 あ……いつの間にか真冬の寒さになってしまいました。室内に霜が降りるってどうなんですかね。
 再生が終わると、ルーク隊長が静かに立ち上がりました。アーク隊長も立ち上がります。当然、ユナ隊長もです。行動が大隊長と同じですね。さすが親子です。

「お前たち座れ」

 大隊長の言葉に隊長たちは殺気を放ちながら激しくブーイングします。

「いいから、座れ」

 大隊長の言葉は絶対です。嫌々ながらも、隊長たちは渋々腰を下ろします。

「セリアを傷付けた馬鹿子息と女は、今セリアの屋敷にいる。そこで、特別なおもてなしを受けてたぞ。二人とも、とても喜んでいたな」

 ……わざわざ見に行ったんですね、大隊長。

「もしかして、参加しました?」
「ちょっとな」

 悪びれず答える大隊長。
 活動期に入ってるのに、何してるんですか? 大隊長。本当にちょっとですか? ガッツリ参加したんじゃないですか?
 さっきとは違う意味で、隊長たちからブーイングがあがります。

「お前たちも時間があったら参加していいぞ」

 大隊長の許可が下りました。隊長たちはとてもとても喜んでいます。私が引くぐらいに。はぁ~おもてなしをする人数が増えましたね……

「程々に、お願いします」

 そう答えるしかありません。

「で、元公爵たちはどうなったんだ?」

 大隊長がいてきました。やはり、気になるのでしょう。

「筆頭公爵様は終身刑の沙汰が下りました」
「終身刑?」

 大隊長の声が低くなります。不満そうですね。でも、お父様はそんなに甘くはありませんよ。

「はい。ミスリル鉱山で死ぬまで働かされます。親子共々、皇国のために働いてもらいましょう。元公爵夫人とアンナの両親、男爵夫妻は領地没収のうえ、死罪の判決が下りました」

 刑は近々執行されるそうです。
 スミール様とアンナ様による真実の愛は大きな波紋となり、死刑執行される者が出るまでに至りました。仕方ないとはいえ、やはり、やるせなさが残ります。胸の奥が鈍く痛みますね。
 誰か一人でも、近くにいた者が二人をたしなめ導くことができたのなら、少しは変わったのかもしれません。違う未来が訪れたかもしれません。いまさら考えてもどうにもなりませんが。
 そんなことを考えていると、フワッと温かいものに全身包まれました。温かさの正体はユナ隊長です。私を心配してでしょうか。
 私にしてはとても珍しいことですが、その温かみにもう少し浸っていたいと思いました。


「泊まられてもよかったのでは?」

 夕食をご馳走になった帰り道、後ろを歩いている侍女が話し掛けてきました。もう一人は、先に屋敷に戻っています。

「絞め殺されるか、精神的にダメージを受けるか。貴女ならどちらを選ぶ?」
「私はどちらも嫌ですね」

 私の侍女は本当に素直ですね。こういう時は、何も答えないものですよ。でも私は、こちらの方が好ましいですけどね。

「私もよ」

 自然と笑みが浮かびます。
 勝手にベッドに入ってきたユナ隊長に抱き枕にされるか、それが嫌で周囲に結界を張った結果、朝からその日一日落ちこんだままのユナ隊長の部下に苦情を言われるか。正直、どちらも嫌ですね。なので、屋敷に帰ることにしました。
 同じ敷地内なので、大隊長の本宅から私の屋敷まで大した距離はありません。すぐに着きます。
 だけどこの夜は、私の足はいつもより重く感じました。黙って侍女は付き合ってくれます。

「……今回の婚約破棄。いったい誰が一番得したのかしらね?」

 独り言のような声のトーンでつぶやいてしまいました。

「それは、皇帝陛下ですね」

 その問に侍女はきっぱりと答えます。思わず苦笑が漏れます。ほんと、私は人に恵まれてますわね。
 今回の婚約破棄で、皇家は大きな収入源を手に入れることができましたわ。そして、筆頭公爵家を潰すことで、お父様に批判的な貴族たちの首に刃を突き付けることもできた。そのことによって、長年計画を立てていたことを着手可能になりました。
 一組の婚約破棄で得たものは、あまりにも大きい。

「初めからそう仕向けたのか……。それとも、あの場で思い付いたのか……」

 知るすべはありませんが知りたいと思いました。お父様が本心を語るとは思えません。知り得ないからこそ、余計に知りたい。


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