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1巻
1-1
しおりを挟むプロローグ 婚約破棄されました
年に一度の最も重要な祝賀会。
国民全てがこの日の意味を改めて考えて祝う日。
そして、コンフォート皇国にとって、とてもとても大切な日。
それだけで、この祝賀会がどんなに重要なのかわかるでしょう。そんな皇国内の高位貴族が参加する祝賀会で、それは突然始まりましたの。
「セリア!! 君は僕の信頼を裏切った。よって、僕は君との婚約を破棄する」
目の前に立ち、意気揚々にそう言い放つのは、私セリア・コンフォートの婚約者、確か名前はスミール様でしたね。忘れてましたわ。
忘れて当然ですよね。会ったのは数回しかありませんもの。それでよく私がわかりましたね。ああ、この髪色と瞳の色で。会場内で黒髪黒目は私しかいませんものね。それに若いですし。消去法ですか。
まぁそれは構いません。構いませんが、婚約者に挨拶もエスコートも一切せず、いきなり目の前に現れるなりそう宣言するなんて、私はどう反応したらいいのかしら。
それに、そもそも誰に向かって言ってるのかしら。裏切ったですって。ほとんど会ってもいないのに。馬鹿なの? 馬鹿なのね。愚かにも程があるわ。
「こんな時でも、君は表情を変えないのか。君にとって、僕はどうでもいい存在だったようだ」
目を伏せ、苦しげな表情でスミール様は私に訴えてきます。
それは貴方でしょ。
思わず、突っ込みそうになりましたわ。
まぁ確かに、可愛げのある性格でも容姿でもありませんわ。じっと黙ってると、冷たいと思われがちです。でも今回は、スミール様の仰る通りですね。どうでもいいですわ。忘れてましたし。
ただ、皇女である私を散々蔑ろにしておいて、何を言ってるのとは思いますけど。開いた口が塞がらないって、こういうことを言うのね。一応淑女の端くれなので、見せてはいませんよ。もちろん、扇で隠しておりますわ。
ほんと、貴方の物言いに困惑して呆れ果ててるだけなのに。
目の前にいる婚約者様は、さも悲しそうな表情をしながら切実に語ってらっしゃるわ。隣に女を侍らせながらね。呆れてものが言えません。勉強になりましたわ。とはいえ、このまま一方的に言われるのはさすがに癪ですわ。
「私との婚約を破棄したいと仰るのね。スミール様は」
一応、確認しますわ。淑女らしく、にっこりと微笑みながらね。
隣にいる女が「ひっ」と小さく叫びましたわ。
あら、どうして貴女が身を竦ませているの。何故、怯えているのかしら。可愛い容姿が庇護欲を唆るのは本当なのね。それはわかりますが、婚約者でもない方との距離感間違えてません? 腕に胸が当たってますわよ。貴女は娼婦ですか。この祝賀会に参加できるのは伯爵から上位の貴族だけですのに。貴族社会に疎い私でも、それぐらいはわかりますよ。
「そうやって、アンナを虐めていたんだな!! 可哀想に……こんなに怯えて。悪いと思わないのか!! いいか。これは、決定事項だ。よいな!!」
何もしていないのに、一方的に詰るスミール様。
にっこり微笑んでいるだけなのに、婚約者から蔑む目で睨み付けられました。いいえ、もう、元婚約者ですね。
元々、婚約なんてしたくはなかったんです。
でも、しなくてはいけなかった。
必要な婚約だったのです。魔物討伐にはお金が掛かりますからね。
恥ずかしい話ですが、これ以上皇国の国庫から軍費を出す余裕がなかったのです。今ある国庫の物資とお金は、もしもの時に民に対して使うために置いていますの。
なので、お金のために、なかば無理矢理お父様が交わした婚約ですが、私はそれを素直に受け入れました。それについては今はいいですわ。それよりも、皇族を馬鹿にする態度は許せません。決して。
「構いませんよ。婚約を白紙に戻しましょう」
お金よりも矜持。
こちらから切り捨てましょう。スミール様のおかげでお金は回収できそうですから。心から感謝しますわ。
こんな絶好の機会、棒には振れませんよ。言いたいことはいろいろありますが、邪魔されないうちにさっさと白紙に戻しましょう。なのに、この馬鹿は……
「白紙だと!? 生温い。貴様はこれから先、貴族として生きることは許さない。平民として地面を這いながら生きろ!!」
声高らかに、スミール様は宣言します。
せっかく、私が婚約を解消してあげるって言っているのに、何を仰ってるのかしら。
それにしても、今度は貴族籍の剥奪ですか……。何の権限をお持ちなのですか? まぁ、私的には全然構いませんが。
「つまり、私の身分を剥奪すると仰るのですね。公爵家の次男ごときが。愚かな。一度口にしたのを取り消せないくらい、五歳児でも理解していますのに」
自然と声が低くなりますわ。
「なっ、無礼な!! この僕を馬鹿にするな!!」
スミール様は口汚く罵ります。今にも殴り掛かってきそうな勢いで。それを止めたのは、意外にも隣のアンナと呼ばれた女でした。
「待ってください、スミール様。セリア様はそれだけスミール様を愛していたんです。身分剥奪の上国外追放なんて、あまりにもセリア様が可哀想過ぎます。セリア様という婚約者がいながら、スミール様を愛してしまった私が悪いんです」
目をうるうるさせながら、アンナがスミール様に訴えます。ほんと、あざといわね。私を庇いながら、自分を持ち上げるなんて。知らないうちに罰増えていますし。普通の貴族子女なら死刑判決ですわね。
「アンナ……君は本当に優しくて、美しいんだな。それに比べお前は!!」
アンナの肩を抱き寄せ、とことん私を責め立てるスミール様。三文芝居もいいところね。
不貞をはたらいた者が婚約者であった少女を一方的に断罪する。本来なら、責められるのは目の前にいる二人なのに。おかしいわね。二人を責める者はこの場にはいないのかしら。
どんな馬鹿でも筆頭公爵家の次男。公爵家を敵に回したくないのでしょう。
でも私は皇女ですよ。情けないですわ。私もこの場にいる方々も。
「……そもそも、彼女と会ったことはないんですけど」
きっぱりと否定します。
会ったことがない人を、どうやって虐めるのかしら。反対に教えてほしいわ。
「何を言ってる!? 学院で散々虐めておいて」
蔑む目で見られました。私も絶対零度の視線をお返しします。情けないですね。これしきの視線でビクつかれるとは。
「学院ですか? 私は通ってはおりませんが」
私の台詞に、周囲の方々がざわつきます。そうでしょうね。
「はぁ~~。言うにことかいて、そんな見え透いた嘘を。だから嫌なのだ。辺境地の田舎者は」
心底軽蔑した様子で、スミール様は吐き捨てます。
やっぱり、そう思っていらっしゃったのね。もしかして、とは思っていましたが、そこまで馬鹿だったとは。公爵家は何も教えていないんですか。
スミール様が馬鹿にする辺境の地は、魔の森に密接している場所。言わば、コンフォート皇国の護りの要なのに。ありえませんわ。
それに関しては今はどうでもいいです、本当はよくありませんが。それよりも、今貴方は、私のことを辺境地の田舎者と仰いましたね。それがどういう意味か理解して仰ってるのですか。ちょっと殴ってもいいですか? のしてもいいですか?
周囲では、失笑を浮かべていらっしゃる方もいますね。元婚約者様と同意見なのですね。いいでしょう。その顔しかと覚えておきます。後悔しても遅いですよ。
私がそんなことを考えているとは露ほども思っていない様子のスミール様は、完全に汚いものを見る目で私を見ています。汚物は貴方の方です。
まぁ確かに、ある一定の年齢に達した貴族の子息と令嬢は学院に通うのが、この国の常識です。嘘を吐いてると思われても仕方ありません。
でも、私は通ってはいませんよ。
もう一度言います。通ってはいません。
「私は学院に一度も足を踏み入れたことはありませんわ。私が通っているのは学院ではなく、隣国にある学園です。それも今年入学したばかりですわ。なので、アンナ様には会ったことはありません。虐めることなど不可能です。とはいえ、ここまで嫌われたのなら、もはや婚約の継続は不可能ですね。こちらから婚約破棄させてもらいますわ。構いませんよね、お父様。いえ、皇帝陛下」
人ひとり殺してきたかのような険しい表情を隠そうともせず、姿を現した男性に向かって、私はそうはっきりと告げました。
駄目とは絶対に言わせませんわ。
第一章 売られた喧嘩はもちろん買います
皇帝陛下登場です。
とても険しい表情ですわね、お父様。でも、責任の一端はお父様にもあるのですよ。わかってます?
そう心の中で問い掛けながら、お父様を見上げます。さらに険しさが増しましたわね。ちゃんと心の声が届いて嬉しいですわ。さすが、私のお父様ですわ。
元婚約者のスミール様はというと、呆けたように私とお父様を見ていますわ。誰が顔を上げていいと許可を出したのでしょう。周りをご覧なさい。皆様、頭を垂れていらっしゃるでしょ。本当に、公爵様はご子息の教育をしてらっしゃるのかしら。お父様の後ろに控えていらっしゃる公爵様を窺えば、真っ青を通り越して真っ白な顔色で立っておられますわ。今にも倒れそうですね。同情はしませんが。
元婚約者様もそうですが、一緒にいるアンナという令嬢も、同じように顔を上げて私を睨み付けていますわ。さっき、私が皇帝陛下を「お父様」と呼んだのを聞いていなかったの? 自殺願望がおありなんですね。でしたら、是非辺境に来ていただきたいものですわ。貴方たちにお似合いの仕事がありますから。
それにしても、お金のためとはいえこんな常識知らずと婚約をしていたなんて、私の最大の汚点ですわ。なのでなんとしても、白紙に戻します。皆様の記憶に残るのは仕方ないとしても、婚約者として戸籍に記載されたままでいるのは、とてもとても嫌ですわ。
「…………陛下の娘だと?」
現実を受け入れられないスミール様は、わなわなと震えながら呆然と呟いてます。彼には話す許可が与えられていないのに。
五年間婚約を交わしていた仲なのに、やっぱり知らなかったのですね。それだけ、私に興味がなかったということでしょう。改めてはっきり言葉にされると、少しショックですわ。それはそれで、とても不愉快ですが。
さり気なく周りを見渡すと、私が皇帝陛下の娘だと認知している人は……三分の一程度ですね。
見た目は全く似ていませんからね。中身はそっくりだとよく言われますが。
当然、冷笑してらした方々は知らなかったようですね。公爵様と同様、真っ青になって小刻みに震えていらっしゃるわ。
そうそう。認知している方々の中でハンティングできそうな方はいらっしゃるかしら。砦は万年人手不足なので。給料はとてもいいんですが、その分危険なので働き手が少ないんです。そんなことを考えていると、眉間に深い皺を寄せながら、お父様は私に尋ねてきました。
「名乗っていなかったのか?」
ハンティングの件は一旦置いときましょう。
「名乗ってはいませんわ。だって、スミール様から正式に名乗りをされておりませんから」
正直に答えます。
「どういうことだ?」
重ねて問い掛けられます。
「どういうことと言われても、言葉通りですわ。筆頭とはいえ、公爵家のご子息が名乗りを拒否されたのに、皇族である私が名乗るのはおかしくはありませんか?」
皇族の威信に関わるでしょう。
「拒否された、だと」
とても低く、地を這うような声で、お父様は問いただしてきました。
なかなか会えませんが、お父様はお父様なりに私を愛してくれているのです。私がそこまで馬鹿にされているとは思わなかったのでしょう。殺気がじわじわと漏れています。婦人や令嬢たちが当てられてよろめいてます。公爵夫人もですね。
あ、スミール様が腰を抜かされましたわ。恥ずかしくはありませんか。ほんと、これぐらいの殺気で情けないですわ。アンナ様は気丈にもそんなスミール様に寄り添い、私を睨み付けます。でも、それは皇族である私に向ける視線ではありませんね。
「はい。五年前、初めて顔合わせした時からですね」
取り繕う必要はありませんね。
「ちょっと待て。それはさすがにおかしくはないか?」
「私もそう思います。だって、互いの親を伴って顔合わせしたのですよ。もちろん、私が皇女であることは伝えたはずです。なのに、二人きりになると名乗りを拒否されましたの。その時、スミール様は私に対しこう怒鳴り付けたのです。『何故、名乗らない。マナーがなっていないな。さすが、辺境の田舎者か。マナーを一から勉強し直せ。僕の婚約者になるんだからな』と」
彼の言葉は一音一句覚えてますわ。
「どういうことだ?」
この問いかけは、背後に控えている公爵様とスミール様に対してですね。
よほど、お父様が怖いのでしょう。公爵様は冷や汗を浮かべながら答えます。射殺しそうな視線をスミール様に向けながら。
「私も何故そう思ったのか……全く理解できません」
そうでしょうね。私も全く理解できませんから。でも、その台詞貴方が言ってはいけませんよ、公爵様。違いまして?
「……養女の話は流れたのでは?」
養女? 何を言っているのでしょう、スミール様は。
「セリアは私の血を分けた子だが」
お父様の声がさらに低くなりましたわ。
「私は、てっきり、セリアが皇帝陛下の養女になるとばかり。いつまで経っても辺境地から出ないので、その話は流れたのだと思い……」
しどろもどろで言い訳するスミール様。
呼び捨てはやめてくださらない? もう、婚約者ではないのだから。そもそも、婚約者であったとしても、皇族である私を呼び捨てにするなどあってはならないこと。それこそ、最低限のマナーでしょう。そう言いたいのはやまやまですが、ここはお父様にお任せしますわ。その方がダメージがありそうなので。
「だから、セリアを蔑ろにしたのか」
吐き出される息が白いですわ。殺気だけでなく魔力も漏れてますわよ、お父様。
それにしても、ずっとそう思い込んでいたのですね。どうして、そう思い込んだのかははなはだ疑問ですが、一応納得できましたわ。だからといって、到底許せるものではありませんが。
「このっ、馬鹿者がーーーー!!」
怒鳴ったのは公爵様。
あっ、スミール様が吹っ飛びました。巻き添えになった貴族たちから悲鳴が上がります。怒りで顔を真っ赤にした公爵様が跪き、私とお父様に頭を垂れ謝罪します。
「誠に申し訳ありません。陛下、セリア皇女殿下。まさか愚息がそのように思っていたとは……」
気付かなかったと言いたいのですね。
「……そうですか。いくらでも、気付く余地はあったと思いますが。それはそれは、スミール様の態度は酷かったですからね。私の侍女たちが彼の元へ暗器を持って消えようとしたのを、何度止めたことか。数えるのも億劫なぐらいでしたよ、公爵様。私の前でもそうでしたから、当然屋敷でもその態度を隠すことはしなかったでしょうね。器用なタイプではありませんから。息子可愛さに、そのまま放置した罪は決して軽くはありませんよ」
お父様によく似た絶対零度の目で公爵様を見下ろします。その時でした。
「どうして、そんな酷いことができるんですか!! 私を虐めて、今度はスミール様と義父様を、こんな公衆の面前で!!」
アンナが意味不明なことを叫びます。
ブーメランって、言葉知ってます? さっき、その公衆の面前で私に対して婚約破棄を言った人と一緒になって何を言ってるのですか?
呆気に取られている私を見て、アンナは勘違いしたのか、涙を零しながらスミール様に寄り添い背中に手を添えられました。傍から見たら、健気に寄り添う乙女のようですね。中身は正反対ですけどほんと強かですよね、口角上がってますよ。
「そうだ。お前はアンナを虐めただろう!!」
痛みで顔を歪めながら、馬鹿が怒鳴ってます。彼らなりの反撃でしょうか。でもそれって、自分で首絞めているの気付いてます? 気付いてないんでしょうね。
手を床について誠心誠意謝るのなら、まだ手加減してあげるつもりでしたのに。それでも、貴族としては終わっていますけどね。まだ、辛うじて生きていけたと思いますよ。なのに、さらに自分で首を絞める真似をするなんて、ほんと何を考えてるか理解できません。
理解できませんが、どこまで私を馬鹿にすれば気がすむのかしら。私が貴方たちに何かしましたか。
「そもそも、学院に通っていない私がどうやって、そこにいる女を虐めることができるのです? ましてや、隣国にいたのですよ」
「そんなの決まってるじゃない!! 誰かにやらせたのよ!!」
スミール様、もう馬鹿子息でいいわね。彼に尋ねたのに、答えたのは血走った目をしたアンナ。
どちらでも構いませんわ。
「誰かとは、誰です?」
念のため、訊くことにしました。
「そんなの、私が知るわけないじゃない!!」
返答がこれです。逆ギレですか。
完全に妄言ですね。証拠一つありません。それで、皇族である私を公の場で断罪しようとは。本当に命が惜しくはないのかしら。さすがに私も理解できなくて、眉を顰めてしまったわ。しかし、これだけは言わなくてはいけませんね。
「私は貴女に話す許可を与えましたか?」
上位の者が許可を出さない限り、下位の者が口を開くことは許されません。
これは貴族社会において、基礎中の基礎のマナーですわよ。周りをご覧なさい。皆様黙っておいででしょう。それとも、貴女は皇女である私以上の位なのかしら。私には姉はいませんよ。
「そうやって、すぐに身分を言い出す。そんなに身分が偉いのですか。ただ、生まれた場所が違うだけじゃないですか。そんなんだから、虐めなんてできるのよ」
何を言い出すの? この女は。会ったのも、今日が初めてなのに。自分の幸せのためにとことん、私を悪者にしたいようね。
「そうだ。アンナの言う通りだ。そんな性根だから、辺境地なんかに送られるんだ」
ましてや、それがおかしいとは思わず、アンナと一緒に私を断罪する馬鹿子息。
「今、何て仰いました?」
聞き間違いではありませんよね。
――辺境地なんか。
確かにそう言いましたよね。どの口がそれを言うのでしょう。私を取り巻く周囲の空気が一瞬でがらりと変わりましたわ。
さっきまでは、私に対する蔑みや苦笑だったのに、今は怒りや仇を見る目で二人を見下ろしています。今この場でその発言をなさるとは当然ですよね。ある意味勇者ですわ。
貴方のお父様は顔を真っ赤にして拳を握り、わなわなと震えていらっしゃるのに。
「謝ってください、セリア様。そうすれば、許してさしあげます」
さしあげる? 今そう仰ったの、皇女の私に、下位令嬢もしくは平民の貴女が?
「そうだ、今すぐアンナに謝れ。そうすれば、辺境地から出られるだろう」
馬鹿子息はアンナと同様、上から目線です。
貴方たち、そんなに死にたいのですか。やってもいない罪を謝れと言い、またしても辺境地を馬鹿にし、蔑む発言を繰り返す。一体、貴方たちは今まで何を勉強してきたのですか。
「黙れ」
遂に、お父様がキレましたわ。すでに私もキレてます。
馬鹿子息もあの女もビクつき慄きました。腰を抜かし、無様にも座り込んでしまったわ。
その瞬間、私の側に控えていた侍女が馬鹿息子とアンナを背後から拘束しました。
「「ヒッ!!」」
本当にお似合いの二人ですね。悲鳴も一緒に上げるなんて。
「この場は駄目ですよ」
私は侍女二人をやんわり窘めます。
「「この場でなければよろしいのですね」」
嬉しそうな、弾んだ声で二人が答えます。今までずっと我慢してましたから。これ以上の我慢は体に障りますね。そろそろ許可を与えてあげましょうか。
でも、まだ止めを刺していませんからね。
「もう少し我慢できるかしら」
「「畏まりました」」
二人とも優秀な侍女です。私の意図をちゃんと汲んでくれます。首筋に当てたナイフを退けませんが、まぁそれぐらいは許してもいいでしょう。
それでは、始めましょうか。
「つまり、貴方は私の性根が悪いから、矯正のために辺境地に送られたと言いたいのね。理解したわ。貴方たちにとって、私は皇帝陛下に棄てられた可哀想な子なのね。さっきも……いえ、初めて会った時から、辺境地を散々田舎と馬鹿にし、蔑んでいたものね。だから、辺境にいる私も蔑んで当たり前。皇女でも」
にっこりと微笑みながらあえて念をおしました。だけど、目は全く笑ってはいません。私のお父様以上に冷たく低い声に、周囲の温度もさらに下がります。それがどうしました?
馬鹿子息と女は、この場にいる貴族全員、いえ、この皇国そのものに喧嘩を売ったのです。
絶対許しませんよ。覚悟なさい。
「僕は間違っていない!! 辺境地にいる貴族なんて田舎者の集まりじゃないか。野蛮な者たちの巣窟だろ。まともなドレスなど一着も持っていないじゃないか。冴えない服ばかり着て平気で貴族街を歩いている、貴族なんて名ばかりの平民だろ」
馬鹿子息が喚き散らしています。
好き勝手なことをほざいてくれますね。
馬鹿子息がほざく度に、私の心が段々冷たくなっていきますわ。
「確かにそうですね。辺境地の人間は装いには疎い面がありますわ。あれでも彼らなりに気を付けているらしいけど。まともなドレス? 貴方の言う通り、そんな物持ってはいませんよ。もちろん、宝石類もね。そんなお金があれば、装備に回します。砦の設備に、兵士たちに回します。ドレスや宝石を身に着けてパーティーやお茶会に参加するのが貴族なら、辺境地に住む貴族は貴族ではありませんね。当然、私もですが」
そう答えると、馬鹿子息は歪な笑みを浮かべ私を見上げました。女もです。
一瞬、その顔を潰したくなりましたが、ここはグッと我慢します。代わりに、私の優秀な侍女たちの手に力が少し入ったようです。
馬鹿子息とアンナは、また仲良く一緒に「「ヒッ!!」」と悲鳴を上げ、ガタガタと震えています。ちょっと切れただけじゃないですか。大袈裟ですね。
では、気持ちを落ち着けて続けましょうか。
「ですが、私はそれを恥ずかしいなどと思ったことはありませんわ。反対に、誇りとさえ思っております。理解できないって顔をしていますね。貴方たちは今まで何を学んできたのですか? こちらが理解に苦しみますよ。周りをご覧なさい。どのような目で貴方たちを見ていますか」
私に促されて、初めて周囲に視線を向ける馬鹿子息とアンナ。
ようやく冷笑や蔑みではなく、明らかな怒りと憎しみの目で睨まれていると気付いたようです。当然それは、目の前にいる自分の父親も同じでした。
「父上……何故、そのような目で僕を見るのです?」
自分の父親にまで睨まれ、馬鹿子息はショックを受けて混乱したままポツリと呟きました。
「貴方の言う貴族が、ドレスや宝石を身に着け社交という戦場に出るように、私たちは鎧を纏い剣を携えて杖を持ち、戦場に立つ。この国を護るために」
公爵の代わりに私が答えます。
「国を護る? 貴族なら当たり前だろ」
絞り出すような声で馬鹿子息は反論します。
「辺境の貴族を名ばかりの平民と罵りながら、貴族なら当たり前と仰るのね。皇都に住む自分たちは護られて当然の存在だと」
「それがどうした!? 何、当たり前のことを言ってる。そんなのだから、辺境地に送られるんだ」
馬鹿子息の発言に周囲がざわめき出します。
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