婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

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覚悟はよろしくて

第七話 鳥肌が立ちました

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「冗談なら、どんなにいいんだが……」

 そう吐き捨てるリム兄様は、苦虫を噛み潰したような、心底嫌そうな表情をしています。

「一度も会ったことがありませんわ。それどころか、接点もなかったでしょう。……まさか、接点があるのですか!?」

 全く記憶にありませんわ。あの気持ち悪い目は、一度見たら忘れないと思いますが……それとも、会った時はまともな目をしていたのかしら? だとしても……

 考え込む私に教えてくれたのは、シオン様でした。

「……十年前に会っている。伯爵領で。だが、会ったのはその一度きりだ」

 リム兄様以上の不愉快さですわね。殺気が漏れ出てますわ……義姉様が若干顔色が悪いですね。

「シオン様、少し殺気を抑えてくださいまし。義姉様が辛そうですわ」

 上目遣いでお願いすると、若干殺気が収まりましたわ。義姉様がホッと息を吐いています。

 それよりも、接点があった。驚きですわ。それも伯爵領で……? そもそも、わざわざ魔の森を訪れる貴族がいるのですか? そんな物好きいたかしら? 覚えがありませんわ。それとも、怖いものみたさで来たとか……あっ!? そういえば……

「……いましたね。怖いものみたさで来た馬鹿が」

 ちょうど十年前、どこかの馬鹿子息が無断で魔の森に入ろうとして、兵士に取り押さえられたことがありましたね。完全に忘れてましたわ。その兵士団の中に、私もいましたね。

「チッ。思い出したか」

 心底嫌そうですわね、シオン様。

「おい、シオン。一応、ここは執務室だからな。舌打ちは止めろ」

 お父様がシオン様を咎めます。

「その馬鹿子息と接点があったのはわかりましたが、会ったのは、それ一回限りですよ」

「セリアは美人で可愛いからな、一目で心を奪われたんだろう。不愉快だがな」

 さも当然のように言われても。あの時の私は……

「……血塗れ、泥塗れの小汚い少年をですか? 少なくとも、貴族令嬢には見えませんでしたよ」

「いや、どんな格好でも、セリアは美人で可愛いのは隠せない」

 シオン様はきっぱりと断言されます。

 ……いや、それはないでしょう。

 家族全員が、私を含め、そこはもう敢えて突っ込みをいれませんでしたわ。

「……執着されるようなことを言った覚えがあるか?」

 お父様に訊かれましたが、覚えているのは叱責したことぐらいですわ。

「執着ですか……ないですね。叱責して殴った記憶はあるのですが」

 腹が立ったので。それが執着に繋がるとは、到底思えませんわ。首を傾げる私に、シオン様が教えてくれました。

「叱責されたことが新鮮だったらしい。忌々しいことだが、あれ以後、何度も手紙が来たり、訪問しようとしていたからな。全部、俺たちが握り潰してやった」
 
「ほんとうですか!?」

 俺たちって、コンフォ伯爵家全員でってことですよね!? 当然、スミスたちもですか……全く知りませんでしたわ。よほど変わったご嗜好の方なのでは。ましてや、十年間も執着し続けるなんて、気持ち悪いですわ。寒気がします。鳥肌が立ちましたわ。思わず腕を擦る私を、シオン様が抱き締めてくれます。

「大丈夫だ。セリアのことは、俺が護る。安心しろ。絶対に近付けさせはしない」

 真剣な男らしいその姿に、私はまたしても心奪われます。

「シオン様……はい、護ってくださいませ」

 嬉しくて、嬉しくて、自然と笑顔になりますわ。

 残念でしかたありません。シオン様と二人っきりだったら、間違いなく口付けをしていたのに。もっと、シオン様の体温と胸の鼓動を肌で感じていたのに。

「……思いとどまってくれて、マジで助かった」

 何やら、お父様が失礼なことを言ってますが、ここは聞こえない振りをしますわ。


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