婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

文字の大きさ
上 下
187 / 342
覚悟はよろしくて

第六話 優しさの欠片もありませんね

しおりを挟む


 家族だけになりましたので、ゆっくりとお茶を飲みながら話をすることになりました。サロンではなく執務室で。話の内容が内容ですからね。

「ーーそれで、義姉様は始めから知っていたのですか? ゴードン伯爵令嬢が出席していたことを」

 ソファーに腰を下ろした私は、単刀直入に義姉様に訊きます。

「知らなかったわ。知っていたら、セリアちゃんを出席させなかったわ。ちゃんと、事前に出席者を確認したのよ。どこにも、セリーヌの名前は記載されていなかったわ」

 義姉様の声はとても固いものでした。

「ということは、正式な招待者ではないのですか? 招待者でない者が、参加することなどあるのでしょうか?」

 私の質問に、声だけでなく表情も固くする義姉様。

「普通はないわ。セリアちゃんの初めてのお茶会でしょ。だから、私がいた方が心強いかなと思い参加することにしたの。……少し早めに会場に入り屋敷で休んでいたら、ウルグス侯爵夫人が、セリーヌとその姉を連れてきたのよ。気分転換させたいからと言ってね」

 なるほど。わざわざ義姉様の元に連れて来たのなら、セリーヌ様の目的をウルグス侯爵夫人が知っている可能性は高いでしょう。

「それでどうしたのです?」

「私は参加を認めませんでした。セリアちゃんに対してとても嫌な感じがして。だけど……」

「ウルグス侯爵夫人が参加を認めたのですね」

「ええ。可哀想な娘だからと言って。ウルグス侯爵夫人とゴードン伯爵夫人は親友同士。親友の頼みに、無理を通したようですわ」

 呆れてものが言えませんね。ウルグス侯爵夫人の中で、皇族は親友よりも軽きものなのですね。それとも、実の娘だから、何か問題が起きても融通してくれると考えたのかしら。どちらにしても、皇族を軽んじていることにかわりはありませんわ。

「つまり、ウルグス侯爵夫人は皇太子妃殿下の命を背き、皇女であるセリアを害する可能性があることを知りながら、お茶会に参加させたということだな」

 黙って聞いていたシオン様が、とてもとても低い声で言い放つ。その言葉の端々に怒りを滲ませながら。

「その通りですわ、コンフォ伯爵様。セリアちゃんに何かあったらいけないと思い、声を発することを禁止して、私の側に控えさせました。目を離して、とんでもないことをしでかさないように配慮したつもりでしたが、それが却ってセリアちゃんを傷付けてしまいましたわ。ほんとうに、ごめんなさい」

 再度、義姉様は私とシオン様に頭を下げます。

 その言葉に嘘はないでしょう。義姉様なりに私を護ろうとして、あのような不自然な形になったのですね。

「頭を上げてください、義姉様。義姉様が悪いわけではありませんわ」

「ありがとう、セリアちゃん。だけど、私に責任の一端がないわけではないわ。やや乱暴だけど、セリーヌを強引に排除することも出来た。それをしなかったのは私の甘えですわ。皇族の一員なのにね。だから私は、この話し合いの後、自ら謹慎しようと考えています。当然、ウルグス侯爵家とは、今後一切関係を断ちますわ」

 絶縁宣言です。

 義姉様の決意はとても固いようでした。私は何も言えませんわ。誰も義姉様に言わないところをみると、義姉様の考えを尊重なさるようですね。

「……わかりましたわ。その前に、そもそもどうして、セリーヌ様は私に対し悪感情をもっているのでしょうか? このピアスがシオン様からでないと考えた理由は?」

 一度も会ったこともなければ、会話を交わしたこともありません。接点が全くない相手が、それも皇女である私に、あそこまで強気でいれた理由を知りたいのです。
 
「それは、僕から説明しよう」

 義姉様に代わり、リム兄様がそう告げました。お父様はだんまりです。

「セリーヌ嬢は、クニール公爵家嫡男レイモンドの婚約者だった。一か月前に、一方的に公爵側から解消されたが」

 男の名前が出た途端、シオン様が私を抱き寄せます。

「シオン様……?」

 もしかして、セリーヌ様の婚約者を知っているのかしら? 

 そんな考えが頭を過ります。とはいえ、これは確実に怒ってらっしゃるわ。こういう時は、経験上抵抗しない方がいいですわね。恥ずかしいけど。

「解消ですか? 白紙ではなく」

 白紙と解消は似てますが、明らかに大きな違いがあります。白紙は元からなかったことになるのですが、解消は婚約をしていた事実が戸籍に残るのです。

 なのに、一方的に解消とは……元婚約者の未来を潰したと同然の行為ですわね。優しさの欠片もありませんわ。自然と、クニール公爵家の評価が下がります。

 ん……?
 
 クニール公爵家レイモンド様……

 つい最近耳にした名前ですね。確か……思い出しましたわ。あのパーティー会場にいたあの男ですか。気持ち悪い目をした男でしたわ。

「ああ、解消だ」

 リム兄様も嫌悪感まるだしです。

「理由は?」

「表向きは性格の不一致。本当の理由は……レイモンドの不貞だ」

 またですか……最近、そういうのが流行ってますよね。あちこちで。うんざりですわ。セリーヌ様がとった行動と言動は到底許せませんが、同情はしますわ。

「不貞? 恋人でもいるのですか? スミールのように」

「いない。完全な片想いだ。それも独りよがりで拗らせた迷惑なやつだ」

 心底、嫌そうな顔で言い放つリム兄様。ア然とする私。

「……冗談ですよね。そもそも、そんな理由で婚約解消出来るのですか!? 貴族間の婚約ですよ!? 主に政略結婚ですよね。恋愛結婚ではないのに……許す親も親ですね。それで、その巻き込まれた令嬢は誰ですの?」

「あ~~それは、セリア、お前だ」

 とても言い難そうな、嫌そうなリム兄様。

 シオン様の腰を掴む手に更に力が入ります。それだけで、シオン様も知っていたことを知りましたわ。

「…………冗談でしょ」

 そう呟かずにはいられませんでした。



しおりを挟む
感想 775

あなたにおすすめの小説

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
恋愛
「アンジェリーナ・ナイトレイ。貴様との婚約を破棄し、我が国の聖女ミサキを害した罪で流刑に処す」 物語でよくある婚約破棄は、王族の信頼を揺るがした。婚約は王家と公爵家の契約であり、一方的な破棄はありえない。王子に腰を抱かれた聖女は、物語ではない現実の残酷さを突きつけられるのであった。 ★公爵令嬢目線 ★聖女目線、両方を掲載します。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 2023/01/11……カクヨム、恋愛週間 21位 2023/01/10……小説家になろう、日間恋愛異世界転生/転移 1位 2023/01/09……アルファポリス、HOT女性向け 28位 2023/01/09……エブリスタ、恋愛トレンド 28位 2023/01/08……完結

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。