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覚悟はよろしくて
第四話 陳腐でありきたりな言葉だけど
しおりを挟むシオン様の大きな手が、私の頭を優しく撫でてくれます。
仕事の邪魔をしているのに、シオン様は怒らず、何も訊かずに、私のお願いをきいてくれました。私が落ち着くのをジッと抱き締め、待ってくれます。おかげで、落ち着いてきましたわ。体の緊張が解けていくのを感じたのでしょう。
「落ち着いたか……いったい、何があったんだ?」
シオン様が訊いてきました。心配げな声で。本当に良い声ですね。そう思えるまで回復しましたわ。シオン様は私の回復薬ですわね。それも特級の。
とはいえ、さすがに……シオン様を目の前にして言いにくいですわ。でも、いずれはシオン様にも伝わるでしょう。人が身勝手に面白がって噂する内容を聞かされるよりは、私が話した方が絶対にいいに決まっています。なので、意を決して私は口を開きます。
「…………不貞してると言われましたの」
思っているより、声が小さかったですわ。
「はぁ!? セリアが不貞してるって、誰がそんな馬鹿なことを言ったんだ!!」
シオン様が憤慨しています。不貞の不の字も疑っていません。当然ですわ。
「誰かは知りませんわ。途中で抜け出して来ましたので。相手の令嬢も、名乗りはしていませんでしたから。……義姉様の後ろに控えていましたの」
「名乗らず、王太子妃殿下の後ろに?」
シオン様の眉間に皺が寄ります。
「ええ……私も義姉様と話しながら、おかしいと思っていましたの。まるで、空気のようにが扱っていたから。だけど突然、その方は私と義姉様の間に割り込んできて、こう訊きましたの。『このピアス、本当に、コンフォ伯爵様から贈られたものなのか』と。当然、強く否定しましたわ。……シオン様の想いが穢された気がして、とても腹が立ちました。でも、それ以上に悲しくなりましたの」
シオン様を見詰めながら、私は何があったのかを伝えます。想いも一緒に。頬に添えられたシオン様の体温が、傷付いた私の心をじんわりと暖め癒やしてくれます。
「……セリア」
シオン様は小さな声で私の名前を呟きます。私の頬に優しく触れていた指が、ピアスをそっと撫でます。くすぐったいですが、我慢ですわ。そんな私を、シオン様は優しく愛しげに見詰めています。少し恥ずかしいですわ。
「セリア…………ありがとう。愛してる」
もう一度名前を呼ばれました。シオン様と視線が交わります。近付くシオン様の顔。唇が重なる直前に、囁かれたシオン様の気持ち。私はそっと目を閉じます。
唇から伝わる、シオン様の想い。なんて心地良いのでしょう。心が満たされていきますわ。
貴方を選んで、好きになって、本当に良かった。貴方を愛せて、私はどこの誰よりも幸せですわ……
心の中で、そう告げます。
言葉にしてみると、陳腐でありきたりかもしれません。でも、それが本当の気持ちですわ。言葉を飾る必要なんてない。私はシオン様を愛して、愛されて、輝いている。
その想いは、誰にも決して穢されないーー
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