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我儘を言っていいですか
第四話 ピアス一つで
しおりを挟むファーストダンスで思いっ切りお父様の足を踏んでやりましたわ。三回。勿論、誰にも悟られないように。結構技術がいりますのよ。
「おい。セリアわざとだろ。シオンが来ないからって、俺でウサを晴らすな」
曲が終わり、盛大な拍手の中で、お父様が小声で文句を言ってきます。
「何のことでしょう。シオン様は皇国を護るために働いておいでです。私に不満などあるわけないでしょう」
膝を軽く曲げ礼をしながら答えます。
「嘘を吐くな」
退場しながらも問答は続きます。今日はしつこいですわね。
「心外ですね。私はそこまで心が狭くありませんわ」
「なら、何故わざと踏んだ」
まだ続きますの。内心ウンザリとしながらも、顔は笑みを浮かべたまま答えます。
「答えなければなりませんか? しいて言うのなら、お父様の不用意な一言のせいですわ」
「俺が何を言った?」
はぁ!? 私が教えるわけないでしょ。
「そこまで親切ではありませんわ。自分で考えて下さいませ」
私とお父様のやりとりは、他の方には一切聞かれていませんわ。いませんが、何やらコソコソと囁かれていますね。私の方を見て。
何か失敗しましたか? もしかして、わざと足を踏んでいるのを見られたかしら。でもそれは、可能性としては低いですわ。……少し気になりますね。とはいえ、いきなり彼女たちの輪に入るわけにはいきませんし。どう致しましょう。
思案していると、お義姉様がリムお兄様と一緒にやって来ました。相変わらず仲がいいですね。リムお兄様の変わった趣味も笑って容認されていますし。あのお父様も受け入れておいでです。本当に懐の深い方ですわ。シオン様の次ですけど。
「セリアちゃん。初めてのパーティー、楽しんでらっしゃいますか?」
ニコッと微笑みながら、お義姉様が訊いてきます。
「楽しいと感じるまで慣れてはいませんわ。表情筋が今にも攣りそうです」
常に笑みを浮かべていなけれはいけないのって、意外と神経と体が疲れるものなのですね。勉強になりましたわ。
「そういう時は扇で口元を隠し、筋肉を休ませると宜しいですわ。但しその時は、目は笑ったままにしとかなくてはいけませんよ」
具体的に教えて頂いたのでやってみましたが、結構難しいものですね。完璧に習得出来るまで時間が掛かりそうですね。次のパーティーまでにはものにしときましょう。宿題ですね。
「ありがとうございます。お義姉様。次のパーティーまでには出来るようにしときますね」
ニッコリと微笑む私に、お義姉様は更に教えてくれました。
「セリアちゃん。社交の場では常に堂々とした姿勢でいなけれはいけません。皇族関係なく。そうでないと、相手に付け込まれますからね。自分を護る盾を自分で作るのです」
どうして、お義姉様がその言葉を口にしたのか、私は直ぐに気付きました。
やはり、参加者たちが私に関してコソコソと話していたようですね。
一体何を?
そう考えていた時です。お義姉様がさり気なく私の耳に手を添えてきました。
「全身コンフォ伯爵の色なんて、余程伯爵様はセリアちゃんのことを自分のものだと仰りたいのですね」
若干声が大きいです。お義姉様。さり気なく周囲に聞こえるくらいの微妙な大きさでした。
なるほど、そういうことですか。合点がいきましたわ。服装に疎いお父様でも気付いたのです。敏い参加者たちなら直ぐに気付いたでしょうね。挨拶に来られましたし。ほんと、よく見てますね。
デビュタントで三回も踊ったのに、いまだにコンフォ伯爵はピアスを贈っていない。年の差。そして私が皇女故に、様々な憶測をよんでいるようです。
不仲説。それとも、私の我儘で無理矢理婚約者にされたのか……憶測の内容はこんなところでしょうね。とても不愉快ですけど。
ピアス一つで愛情まで疑われるなんて……悔しいですわ。でも今は、そんな負の表情を表に出してはいけない。なら反対に、微笑んでみましょう。
「違いますわ、お義姉様」
「あら、違うの?」
同意すると思っていた私が異を唱えたことに驚くお義姉様に、更に笑顔を上乗せして告げました。
「シオン様は参加されていますわ。
だって、私は常にシオン様の想いに包まれていますもの。姿が見えなくても、今もこうして、シオン様が肩を抱いて護って下さっていますわ」
嘘や大袈裟ではありません。ましてや、この場限りの言い逃れでもありません。心底、嘘偽りなくそう思っているのです。
「……セリアちゃんは、本当に良い人に巡り会えたのね」
とても優しい、慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、お義姉様はそう言ってくれました。
「はい。本当に」
その飾らない言葉がとても嬉しかった私は、自分がこの時どんな表情をしていたのか知りませんでした。
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