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二年生になりました
第二十七話 都合のいい考え方ですけどね
しおりを挟む「手枷を外して構わないわ」
作業場に戻って来た私は、クラン君に手枷を外すよう指示しました。クラン君は私に一度視線を合わせてから手枷を外します。
手枷が外された途端、従者君は掌を床に付け額も床に擦り付けます。そして嘆願しました。
「…………お願い致します。セリア皇女殿下。私を死刑にして下さい。お願い致します」と。
その声は、まさに心の奥底から吐き出されたものでした。
従者は裁かれたいのでしょう。
罪人としてーー
自分のせいで失ってしまった命の重さに耐え切れなくて。その罪を少しでも背負いたくて。
従者に責はありません。責は全てゲスが治める国にあるというのに。殺された者たちは哀れな犠牲者。目の前にいる従者も、また被害者なのです。
「そうね……未遂とはいえ、毒を所持していたのですもの。それに……私に媚薬を盛ろうとしたわね」
媚薬という単語に、従者の体がビクッと震えます。反射的に上がった顔に、私はニッコリと微笑みます。
「知らないと思ったかしら? そんな訳ありませんでしょ。あんな書簡を恥ずかしげもなく送ってくる国相手に、警戒しない選択肢なんてありませんわ」
「…………」
書簡の内容は知らなくても、自国が最低でゲスい国だということは、身に沁みて分かっているようですね。
「ところで……何故、媚薬を使わなかったのですか?
エルヴァン王国から貴方への指示書が届いてから、ケルヴァン殿下が国に戻るまでは、日がありませんでした。が、それでも、私に媚薬を盛る機会は何度もあったでしょう」
実際、わざとその機会を作っていました。仕掛けやすいように。私なりにこの従者を見極めたかったのです。
ケルヴァン殿下が信用たる者であるかを知るために。
従者は主を映す鏡ーー
私はそう考えています。
主人の性根を知るには、共にいる、それも側近の従者の行動を見れば自ずと分かりますからね。自分本位の考えを持ち、行動している側近が使えている主は、問題を抱えている方が多いですからね。
ある意味、人の話をちゃんと聞く脳筋だというのは分かってました。正直者で人が良い馬鹿だというのも。だけど、信用たる人物かどうかは、また別の話ですからね。
「…………ケルヴァン殿下の御心を護るためです」
自分の追い込まれた状況よりも、主君であるケルヴァン殿下を護ろうとした。
ほんと、ケルヴァン殿下は良い従者を持ってますね。……いや、それは少し違いますね。ケルヴァン殿下がこの従者に対して、同じ様なことをしていたからこそ、従者はここまで仕えてくれるのでしょう。
従者の身に起きたことは悲劇としか言えません。
真実は従者が思っているものと違いますが、自分の大切な居場所と、そこに住まう人たちの命を犠牲にしたのだと、従者は自分を攻め続けています。今も……おそらく、これから先も……
「……死ぬってどういう事なんでしょうね」
突然、脈略もなしにそんな事を言い出した私を、従者は訝しげな表情で見上げています。
「普通、死は心臓が止まった時点が一般的ですよね。
心臓が止まれば、体は冷たくなり硬くなる。もう二度と、自分に笑い掛けてくれる事も抱き締めてくれる事もない」
「何か言いたいのですか」
その声には少し怒りが含まれていました。気にせず、私は続けます。
「今でこそ、この地の領主をしていますが、以前は最前線にいました。その分、人よりも多くの死を見てきました。
だからかもしれませんが、私は死は二度訪れると考えています。
一度目は肉体の死。
二度目は精神の死。
肉体の死は体を失い。精神の死は存在を失う。この地に生きた事自体を失ってしまう。友が仲間がどんな風に笑い、どんな風に怒り、どんな風に泣いたか。私が忘れたら、その分彼らの存在は薄くなる。多くの人が忘れてしまっても、私が覚えていれば、少なくとも、彼らはそこで精一杯生きた証になる。
まぁ、都合の良い考え方ですけどね」
「…………私に生きろと仰るのですか」
床についていた手を握り締め、床を見詰めながら吐き出す言葉は、私の胸に深く突き刺さりました。我ながら残酷なことを言っていると分かっています。それでも、私は従者を死なしたくはありませんでした。
「最初の指示書が送られた時点で、貴方の大切にしていた孤児院は既に潰されていた。シスターも保護されていた子供たちも皆殺された。
私は孤児院の子供たちをシスターを知りません。でも、貴方を通して知ることが出来る。とても素晴らしくて、温かい場所だったと……」
始めは小さかった嗚咽が、次第に大きくなり慟哭へと変わった。
今まで、こんなに声を上げて泣けなかったのでしょう。悲しみを苦しみを溜め込むことが、どれほど辛いものか、私もそれなりに知ってはいますからね。
私は従者に手を差し伸べることはしません。それは私の役目じゃないから。だけど泣き止むまで、吐き出し終えるまで、私はこの場にいましょう。
☆☆☆
一週間切りましたね。
【第四回ホラー・ミステリー小説大賞】に参加しています。
タイトルは〈人喰い遊園地〉です。
少し古い作品ですか、本編完結済み。
恐怖をお楽しみ頂ければ嬉しいですm(_ _)m
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