婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

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二年生になりました

第十三話 泣いた私が馬鹿じゃないですか

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 シオン様に言われた通り、鐘楼まで飛びました。

 ここは立ち入り禁止の場所です。なので、人が訪れることはありません。訪れるのは鳥ばかり。地上からの音も微かに聞こえる程度です。

 そんな静かな場所で、私を胸に抱いたまま座り込むシオン様。自然と、両足を広げた間にスッポリと収まっています。

 聞こえるのは互いの心臓の音と呼吸音だけ。

「…………俺はまた、セリアを泣かしたのか」

 苦しそうな声でポツリと呟く声に、私は顔を上げることが出来ませんでした。

「…………」

「すまない。俺はセリアにいつも笑っていて欲しいのに。泣かせてばかりだ。だけど、もう……セリアを手放すことは出来ないんだ。許してくれ」

 手放すことが出来ない。許してくれ。この人はーー

「何を言ってるんですか!!」

 反射的にそう叫んでしまいましたわ。

「…………シオン様は私が嫌々一緒にいると思っているのですか」

 詰め寄りたいのに、私の口から出てきたのは弱々しい声でした。

 黒の英雄。コンフォートの護り神。様々な名前で呼ばれている私が、たった一人の男性の言葉で、これほどの弱くなってしまうなんて……

「そんな風には思っていない」

「だったら、何故そんなことを口にするのですか!? どうして、そんな悲しいことを言うんですか…………」

 色んな感情が混ざりあってグチャグチャですわ。だから、どうして泣いてるか分からなくなってきました。

「……私がお願いしたことは、シオン様を追い詰める程、酷いことでしたか? 私はただ……トイレや脱衣所は一人で行きたいのです。それは私の我儘ですか? 

 抱っこそのものが嫌とは言っていません。匂いを嗅ぐのも止めて欲しいとは思っていません。別に隠すようなことなどありませんから」

 切実に訴えます。

「……すまない」

「謝ってほしいのではありません!!」

 私はシオン様の胸に両手を添え、離れようとしました。

 すると、シオン様の私を抱く手が強くなりました。頭上の声が耳元でします。

「…………俺が嫌だったのはこれだ」

 ボソッとシオン様が呟きます。

「どういうことですか……?」

 訳が分かりません。

「セリアが俺から離れようとする仕草が嫌だったんだ」

 何ですか、それ。

「離れたりはしませんよ」

「分かってる。だけど、嫌だったんだ」

 あまりにも突拍子もない答えに、涙が止まりましたわ。呆れて言葉が浮かびません。

「子供ですか……」

 暫くして、ようやく出てきた言葉がこれでした。

「自分でもガキだって分かってる」

 そんなことで、あんなに落ち込んでいたのですか。覇気をなくしていたんですか。泣いた私が馬鹿じゃないですか。

「…………帰ります」

 自然と声が低くなります。

「駄目だ!!」

 シオン様が離してくれません。

「離して下さい」

 言葉がきつくなります。いつもと同じように、両手を付くことはしませんでした。つくづく、私は甘いですよね。

「そんな顔で外を歩いたら駄目だ。間違いを起こそうとする男たちが現るれるだろ」

「……はい?」

 何を言ってるのでしょう。

「セリアは自分の可愛さに、全く気付いていない。ましてや、目を真っ赤にして、野郎たちの庇護欲をいっそう煽るだろうーが」

 力説されても困りますわ。それにモテたことありませんよ。そんな私にそんな心配をするなんて、嬉しいじゃないですか。ほんとにもう。

「…………泣かしたのは誰です?」

 だからといって、これとそれは話が違います。

「うっ。そっ、それは……」

 少し私とシオン様の間に隙間を作ります。その顔を見てやろうと思いました。でも、見せてくれませんでしたけど。まぁいいですわ。

「なら、シオン様が私を治療して下さいな」

 腫れた目が元に戻るまで一緒に居て下さい。声にはしていませんが、シオン様には伝わったようです。

「ああ」

 再度抱き寄せられ、私はシオン様の胸に頬を寄せ目をソッと瞑りました。

 シオン様の心臓の鼓動。いつもより早いですね。


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