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甘い香り

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 昔から、セリア……お前の匂いは甘く、いつも俺を乱し癒やしてくれていた。

 匂いフェチじゃないが、セリアの匂いだけは直ぐに嗅ぎ分けられた。文字にすると変態だが、まぁ口で言っても変態だな。その自覚ぐらいある。ましてや、親子程年が離れてるんだ。自分の異常性ぐらいちゃんと把握している。なので、誰にも行った事はないが、言ったら最後、白い目で見られるに違いない。当の本人のセリアからも。

 まぁそれが怖くて、婚約者になった今も言えずにいた。たぶん、一生言えないだろうなって思う。

 そんなことを思ってたのは数時間前。だけど今はーー

 そもそも、俺たちは婚前旅行に来た筈だった。

 なのにーーどうしてこうなった。

 運命の番である愛しいセリアを、目の前で竜の野郎が奪い去った。この特、俺が湖を穢したことなど完全に忘れていた。ただ、竜の野郎がセリアを連れ去ったことだけが、俺を全身を激しく掻き乱す。

 あの瞬間、簡単に俺の世界がガタガタと音をたてて崩れ去った。

 甘く、いつも自分を包み込むあの匂いが、俺の周りからフッと消えたからだ。

 陳腐な台詞かもしれないが、セリアは俺にとって命より大切な存在だ。それ以外の言葉は思い付かない。それを失った。

 発狂しそうだった。

 いや、違う。俺はもう完全に発狂しているな。自分の体に剣を刺してるんだから。本当なら、あの竜が棲んでいるこの湖を完全に破壊してやりたい。

 でも出来ない。

 あの野郎が言ったからだ。

『周囲を荒らしたら、セリアが戻って来ない』

 そう言われたら、俺は何も出来やしない。湖に剣を向けると体が強ばる。意識以外全てが拒否しているようだった。

 何が英雄だ。何が一柱だ。

 自分の最愛を護れない馬鹿で、弱い人間じゃないか。

 自分を責めるしかない。やり場のない怒りを自分に向けても、怒りは増すばかりだ。

 心が、体が、魂がーー俺の全てがセリアを欲している。

 セリア、セリア、セリア…………

 思いはいつしか叫びとなった。悲鳴になった。言葉にはならない言葉を発し荒れ狂う俺は、この時間違いなく、ただの理性を失った醜い獣だっただろう。

 こんな俺を見たら、セリアは引くだろうな……セリア、お前が俺の全てだ……

 闇に意識が飲み込まれそうになった時、頭を過ぎったのは自分の子供たちじゃなく、セリアの笑い顔だった。

「引きはしませんよ。その姿もシオン様なのですから」

 一瞬、精神をやられた俺の都合のいい幻聴だと思った。でも、鼻孔を擽るのは甘い香り。そう、俺が求めていた香りーー

 俺は一心不乱に手を伸ばし、香りの主を捕まえる。そして抱き締めた。

 服越しに感じる体温。折れそうな程の華奢な体。自分を包み込む甘い香り。もう二度と手放せない。俺はいつまでも抱き締めていた。

 

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