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悪役令嬢と呼ばれましたわ
私は手を伸ばし続ける
しおりを挟む真っ黒で巨大な魔獣。前足後ろ足は太く、口元から見える牙も太くて鋭い。
その魔獣を見た瞬間、もう一人の私がポツリと呟いた。「詰んだ」って。その意味はいつも一緒にいたから分かる。
まず、腕が食いちぎられた。
必死で逃げようとしてたけど、片足がなくなってて、私の体は呆気なく転倒してしまう。もう一人の私が、あまりの激痛にのたうち悲鳴を上げる。
のしのしと魔獣がゆっくりと近付いてくるのが分かった。魔獣にとったら、獲物で遊んでいるようなものだ。襲わないのは、いつでも簡単に仕留めることが出来るからだ。
そうだとしても、もう一人の私は、残った片腕で、匍匐前進をしながら必死で階段の方に逃げようと足掻く。僅かな奇跡を引き寄せるために。
一緒にいたマルティス君は既に死んでる。ピクリとも動かないもん。ほんと、役に立たない。壁にもならなかったよ。突然の退場だったしね。騎士を気取るんだったら、最後まで全うしてよね。
私が悪態を吐いている間に、魔獣はすぐ背後に来ていた。
『逃げて!!!! 愛梨!!!!』
私は必死で叫ぶ。それしか、私には出来なかったから。
本来襲ってくる筈の痛みは全く感じない。だって、痛みはもう一人の私が全部引き受けてくれたから。ずっとそうだった。事故で死に掛けたあの時も。代わりに、私は彼女に、愛梨に体を貸してあげた。
それからずっと、愛梨がエレノアとして生きている。
今もね。体の主導権は愛梨にあるの。だから、私は指一本自分で動かせない。不満なんてないよ。これっぽっちもね。
『…………ノア。失敗しちゃったよ』
返ってきたのは、とてもとても弱々しい声だった。愛梨のこんな声、今まで聞いたことがなかったよ。本当に詰んだんだね。でもね、
『まだ終わってないよ!! まだ、ゲームの途中じゃない!! 愛梨はヒロインなんでしょ。ヒロインはこんなところで死んだりしないよ。ヒロインは王子様と幸せにならなきゃいけないんだよ!!』
必死で励ます私に、愛梨は嬉しそうに幸せにそうに微笑んだ。
『……泣かないで、ノア。大丈夫だよ。一回リセットして戻って来るから。今度は二人で幸せになろうね。………………おやすみ、ノア』
その声を最後に、愛梨の手で強制的に全ての視覚が遮断された。途端に眠くなる。私の意識は水の中に体が沈むように、ゆっくりと沈んでいった……。
愛梨はもう一人の私。
違う世界から来た、もう一人の私。
普通の人が知らないことを沢山知ってて、とても明るくて、誰よりも愛されてる人だった。
よくお母さんやお父さんが読んでくれた絵本なんてどうでもいい程、とっても面白い話を語ってくれた。一日中話してたよね。全然飽きずに。
愛梨がよく私にこう言ってた。
元々私と愛梨は、同じ魂を二つに分けた存在だとーー。
だから、記憶も共有出来るんだって。
私は愛梨。
愛梨は私。
なのに、もう一人の私が消えた。
ずっと一緒にいたのに。色んなことを教えてくれたのに。
消えた。いや、殺されたんだ。ゲームに負けたから。
愛梨の敗因は、この世界をゲームの世界だと思ったこと。何度も違うって言ったのに。ほんと、馬鹿なんだから。そんな頑固なところも大好きだよ。
この世界はリアル。
ゲームの世界に似たリアルな世界。
だから、愛梨のいうリセットは出来ないけど、リアルをゲームに近付けることは出来るよね。
私頑張るから早く戻って来てね。
愛梨が戻って来るまで、少しでもゲームが始めやすいように進めとくからね。
そうと決まったら、早く起きなきゃね。
待ってるからね…………愛梨………………
「それは無理ね。貴女の半身は、もうこの世界には来れないわ。絶対にね……」
嘘よ……嘘……………愛梨は必ず戻って来るわ。
「そう信じたければ、それでも構わないわ。このまま寝ながら待っていればいいんじゃない」
寝ながら……?
「ええ。寝ながら。私の可愛い娘と可愛い義息子のために、このまま寝ててほしいのよね、ずっと」
嫌っ!! 私は起きなきゃいけないの。
「分からない娘ね。私は寝ててって言ってるのよ」
耳元で女性が囁く。明るい声で。
それは私にとって、死刑判決と同じだった。
光に反射する水面が目の前まで来ていた。後一メートル程で地上に出れたのに。そしたら、目を覚ませた筈だった。再ゲームの準備を始められたのに。見えない手が邪魔をして、それ以上浮かぶことが出来なかった。
嫌、嫌。出して!! 何でも言うこと聞くから!!!!
「だ~め。出してあげない。ほんと、馬鹿よね。この世界がリアルだって気付いているのに、ゲームに囚われ続ける哀れな娘。教えてあげる。乙女ゲームは一人でするものよ。他人を巻き込んじゃあいけないわね。…………エレノア。貴女が悪いのよ。せめて、マルティスの身を案ずる心があったなら、私はここまでしなかったわ」
その台詞を最後に、女性の声は聞こえなくなった。
待って!!!!
私は目の前にキラキラと広がる水面に、必死で手を伸ばし続ける。
女性がいなくなった後も。
ずっと………………
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