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悪役令嬢と呼ばれましたわ
俺の初恋はここで終わる
しおりを挟むその声は、暗闇の中にいる自分にとって一筋の光に思えた。
同時に、急停止する荷馬車。
体が滑り強かに打ち付ける。一瞬、痛みで息が詰まった。その間も、外では野太い声の怒号が飛び交っている。
助かるのか……俺は。僅かな希望が頭を過ぎった。
俺を監視していた男が、険しい顔で剣を抜き下り口に立った。だがそのまま、中腰で立ち止まる。下りないのか。
……どうしたんだ?
男がゆっくりと後退る。険しい表情は消え失せ、代わりに恐怖に引き攣っている。それもその筈だ。若い男が男の胸元に剣先を当てていたのだから。そのまま若い男は荷馬車に乗り込む。
「…………お前は」
見覚えがあった。彼女の新しい従者だ。確か名前はクランといったか……。
「怪我はないか?」
クランが声を掛けてくる。しかし、視線は目の前にいる人身売買の悪党に向けられたままだ。
「大丈夫だ……」
「なら、良かったわ」
クランの代わりに答えたのは少女だった。その声と共に少女が荷馬車に乗り込んで来る。少女は俺を縛っていた縄を持っていたダガーで切った。
間近に感じる少女の体温。不謹慎だが、俺はこの時、時間が止まればいいと切に願ってしまった。
「もう、大丈夫ですわ」
俺の想い人が微笑む。その笑顔が俺の心を鋭く抉る。まともに見ることも出来ない。俯いてしまう。自業自得だ。俺が全て悪い。全てなーー。
「……セリア。すまなかった。俺はとんでもないことをしてしまった。心から詫びる」
考えるより先に言葉が出た。自然と頭を下げる。そんな俺に向かって、セリアは驚愕しながらも言い放った。
「…………貴方は、本当にマルティスなのですか!?」と。
そう思われても仕方ないな。俺はずっと君の前では、高飛車な嫌な奴でしかなかったからな。
「そうだな。俺がそんなことを口にするのはおかしいな」
自嘲気味に笑う。
俺とセリアが荷馬車から出て来た時には、既に全てが終わっていた。
「俺のような奴が需要があるって、男が言ってたな。エレノアも狙ってるって」
もし、エレノアが狙われたら大変だ。慌てる俺にセリアは微笑んだ。
「恨まないんですね。分かりましたわ。安心して下さいませ。これを機に一網打尽にしますから」
力強くセリアはそう告げ、去ろうとする背中に向かって俺は叫んだ。
「頼む!! それと、助かった。ありがとう」
おそらくこれが、最後になるだろう。
セリアと俺の道は大きく別れてしまった。俺が愚かだったせいで。
もう会うことはないだろう。
セリアは皇女であり、この地の領主だ。片や俺は、ただの平民。それも何の職にも就いていない屑だ。
最後の最後で、俺はセリアに助けられた。体も心も。
「……それが、貴方の素なのですね。誤解していましたわ。貴方は平民になりましたが、私の従兄弟には変わりませんわ。これから先も」
その言葉で十分だ。
俺の初恋はここで終わる。
だけど、セリアは俺に言ってくれた。従兄弟には変わりはないと。なら俺は、これから先、恥じない生き方をしていかなくちゃいけないな。
街に戻ったら、仕事を探さすか。
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